2017年03月19日

貞子VS伽椰子

 ネット上の評判は上々である。真剣に怖い、という声も大きかったので期待も高まっていたのだが、さて。

 ストーリーはすでに説明するまでもない。
 光石監督作品の霊能力者の系譜に連なる、安藤政信演じるろくでなし霊媒師・経蔵による、バケモノにはバケモノを、という、これは看板に偽りなしの「VS」ものとなっている。
 そして、時代に取り残された映像記録媒体である「呪いのビデオ」が再発見される経緯、なかんずく導入部の、独居老人宅を訪問するケースワーカーのシークエンスは、Jホラーならではの静謐とかすかな腐臭が映像から漂い、耳元に屍体に集まる昆虫の羽音を聞くような心地がある。流血量で「怖さ」を呼び出すようなホラーとは、異なる世界を構築しうる監督なのだ。
 さらに続くリサイクルショップでの顛末も、アルバイト店員のキャラクターの面白さ──微妙にカンに障る──もあって、過剰になっていくしかない恐怖描写を笑いでごまかす方法を選択していない、これは「真面目」な続編だ。

 また、"彼ら”が自らのルールを厳守して、子供でさえも容赦なく餌食とするところも、予算規模の増大に伴って、ファミリー向けな甘さに浸食されがちな邦画としては思い切りのよいところであり、その妥協の無さも支持したい。
 ただし、この企画のハードルの高さも見えたところがあった。
 どうも、欧米風の実体を持つ怪物と異なり、物理的な力を持たない日本の化け物の場合、「対決」というのは映像表現には難しく感じられるのだ。
 端的に言えば、ジェイソンとフレディならばありうる格闘が、貞子と伽椰子では画にならない。暴力ではなく心理的な圧迫によって相手を潰す彼女たちが、恐怖という感情を残しているのかどうかさえ不明な相手に、その力を及ぼしていることをどのように観客にみせるのか、この部分については、一観客としては完全な満足感を得ることはできなかった。
 そういえば、本作には黒史郎によるノベライズ版がある。
 もしかすると、文章の方がこの部分については向いているのではないか、などとも思いついたのだが、さてどうだろう。
 
 とはいえ、それなりの予算で作られた本気の続編である。
 十分にお薦めできる一作。★2つ半。
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2017年01月15日

『幽』Vol.26 特集:夢野久作

 私事に多忙で、また、随分と休んでしまったが、ようやく復活。
 
 今号の特集は夢野久作。
 我々の祖父母の世代が知りながら、しかし社会のありようが大きく変化したことから、幻想を仮託しうる異世界となってしまった「戦前期」を、ある種象徴する文学者だろう。 
 その影響が現代の怪談作家にも及んでいることがよくわかるのが、三人の作家による競作企画となる「怪談ドグラ・マグラ」
 
 澤村伊智「居酒屋脳髄談義」は、いかにもこの作家らしい、身近な嫌らしい人物の描写からスタートする悪夢の世界。
 佐藤究の「猿人マグラ」は、久作と同郷人である作者の、少年期への回想から導かれる実話怪談的趣に、ややぬるいかな、と思っているといやいや、こう来るとは思わなかった一撃に悪寒を覚えることとなる。
 そして、ちょっとお久しぶり感のある飴村行の「U国」は、これは傑作。
 作風と題材の選択がはまり、戦前期の傷痍軍人の独言として綴られるグロテスクな世界は、私の脳裏には丸尾末広の挿画で再現された。ナスティな描写の多さから、あまり好みの作家ではなかったのだが、本作についてはその過剰性と非現実感が見事な効果を成しているように思う。
 
 能楽への造詣深かった久作とその作品について、文学研究者と能楽者による座談会「夢野久作と芸能」も、アカデミズムに偏った硬さがなく、幻想文学者の感性に対する、芸能実演者の視点からの感興を語った件などは、大いに興味深かった。
 
 ということで、特集は近年まれに見る満足度の高いものだった。それで連載陣も好調ならば……というところなのだが。
 
 京極夏彦の「虚談 キイロ」は、このシリーズではパターン化した、ディティールに凝った実話怪談風のテイストを持つ一作で、主人公が友人と興じた中学生時代の奇妙な「遊び」を語るやや散漫な回想譚ながら、どことはなく、落ち着きの悪い結末に置き去りにされる、まあ近年の京極作品らしい灰色の物語。……しかし、これはもしや完結していないのかな?
 
 これとは反対に、有栖川有栖の「濱地健三郎の事件簿」、近藤史恵の「震える教室」、朱野帰子の「帰り道」などは、怪異の説明がなされ、物語の決着が明示される正統派の怪談。ただそれだけに、どの作品もひねたロートル怪談読者である私を意外性でのけぞらせてくれるようなものではなく、少々大人しい印象。もっとも、幸せを失った女性の静かな再生譚という、かなりベタな展開ながら、山白朝子の「私の頭が正常であったなら」には素直に感動してしまったので、つまるところ自分の趣味という以上の判断ではない。
 
 本号のベストは、恒川光太郎の「彼方の町から世界がはじまる」
 路面電車でつながれたいくつかの駅とその周辺の街で構成された、完成された小世界。そこで人生の様々な苦悩に捕らわれることなく、穏やかな生活を送る主人公の元に届く不躾で奇妙な「手紙」。
 学童向けの童話に登場しそうな優しい街に、塵労に疲れた主人公の寄せる気持ちは、中高年であれば共感はせずとも理解はしてしまうことだろう。
 
 他の連載陣については、漫画関連は近藤ようこの「たそがれの市」を除いては、やや満足感低め。いずれもページ数が少なく、切り口のみでみせる「奇妙なはなし」で、怖いと感じられるものは無かった。例外的に正面から心霊譚を扱った柴門ふみの「マンションのともだち」はあるのだが、どうにも駆け足感が否めず、個人的には残念だったところ。
 
 
 一冊を通じては、連載陣にこれというものが無かった、という印象なのだが、しかし、競作「怪談ドグラ・マグラ」の三作という収穫に、全ては許せそうな気分である。全体的に小説の分量が増えて、読み応えが増したのは嬉しい。ただし、次号では漫画にももう少しページ数があれば、というところ。ことに柴門ふみには絶対に。★3つ。
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2016年10月23日

目嚢

 加門七海による長編ホラー小説。
怪談作家の鹿角南は、従妹の嫁ぎ先、菊池家の古い土蔵で見つかった「目嚢」という古文書を預かる。そこに記された怪談に興味をひかれ、菊池家の歴史を調べようとする南だが、まるで誰かが邪魔するように、指が切れ、虫が湧き、一人暮らしの部屋に異変が起こり始める。迫りくる怪異は、止まることなく続いていく……。
名手が描く、背筋が凍る傑作長編ホラー小説。
               本書裏表紙 内容紹介から

 怪談好きであれば想起する、根岸鎮衛の「耳嚢」が書名の由来するところ。鎮衛が聞いた話を書き留めたところから「耳」を書名に入れたのに対し、こちらは作中の人物が自身目撃した妖異の記録ゆえに「目嚢」とつけた、という設定。すなはち、体験談の記録なのである。
 こういった日記などに多い古記録から、そこにあった怪異と、平行して主人公が現代に遭遇する怪異との関わりを探る、というのは怪奇小説の古典的なスタイルのひとつだ。日常の話題の中に散発的に語られる短い怪談を、パズルのごとく組み合わせて事実にたどり着く、一種ミステリー的な妙味がある。重層的でタイムスケールを大きく取っているものの、あの「残穢」も、このバリエーションに分類できるだろう。

 ただし、本書の場合は、「残穢」などに比較してはページ数の制限もあって、そこまで入り組んだ謎をしつらえてはいない。とはいえ、個々のエピソードのインパクトは引けを取らず、加えて戦前の記録とされる語り口調が、いかにも古い時代の教養と観察眼を備えた人物のものであり、実務的とさえ言えそうな淡々とした調子と相まって、読み手の想像力をただ昏い方へと追う力は並ならぬものがある。杉浦日向子の「百物語」を髣髴とさせられる、と言えばそのポテンシャルは理解されようか。
 そして、それだけの作品であるだけに、やはりボリュームに不満が残る。
 作中には、もう少し発展させることができそうだったエピソードもあり、登場人物の掘り下げを含め、作品自体のスケールもより大きな規模に構築することも可能なもので、あと100ページほどもあれば、とは読後に感じさせられたところだった。
 新刊で出たばかりのときにこんなことを言うのも何ではあるが、書下ろしを加えた改定新版が企画されないものか、そんな気持ちにさせられた一作だった。
 
 本年のジャンル長編中のベストスリーには入れられそうな、怪談の本義である「怖さ」を正しく追求した傑作。★3つ。
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2016年10月14日

黄金の犬 真田十勇士

 作者による“真田十勇士”ものには「佐助を討て」が既にある。
 本作とは個々のキャラクターはやや異なっているものの、メンバーの中心となる才蔵と佐助の、陰陽に対比される性格付けと、ほとんど人類の外に踏み出した能力などは共通する。そして、こういった超人を登場させながら、作者のごつごつとした骨太な文体は、ややもすれば軽く感じられてしまいそうな設定に、リアリティとはまた異なる重量感を備えさせている。腕を飛ばし、首を刎ねる、そこからほとぼしる血の色の赤黒さが見えるのだ。
 
 この重量感を土台にして仕掛けられた、伝奇ものとしての奇想は、巧妙に機能して、“十勇士”が狙う、現実には不可能と言うしかない大阪方逆転の秘策も、難易度は高いながら、ゲームとしてのバランスを獲得できている。伝奇もののルールを守り、少なくとも表向きの歴史を覆すことの無い結果に至っても、勝敗の答えは、そことはまた別のところにも見出されるのだ。
 
 少々残念だったところを挙げるならば、なにしろ240ページという紙数の乏しさで、ために十勇士といってもほとんどその特技を活かすことができないものもおり、キャラクターで魅せるのは、ほぼ佐助と才蔵の二人のみとなっていることだろうか。また、敵側の徳川方に、これといった強敵が登場しないのも物足りない。この倍程度の紙数があれば、随分と楽しめるものになったことだろうとは、読後に強く感じられたことだ。
 
 個人的には、現在もっとも関心を寄せている時代小説作家である。派手すぎず甘すぎず、ただ面白い時代小説。★2つ。
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2016年08月28日

景徳鎮からの贈り物―中国工匠伝

 陳舜臣による、中国史を舞台とした工匠たちの物語。
 
 全8編
「金魚群泳図」
「挙げよ夜光杯」
「波斯彫檀師」
「景徳鎮からの贈り物」
「墨の華」
「景泰のラム」
「湖州の筆」
「名品絶塵」

 文庫本の初版は1984年と、30年以上昔の作品になる。
 しかし、歳月によって古びてしまったとは、ほとんど感じさせられることがない。
 熱っぽい文章ではなく、淡々としながら、しかし佳境に入れば、ピンと張り詰めたものがみなぎって、何時の間にか登場人物の気持ちに同調させられてしまうのである。
 中国史と一口に言っても日本人に馴染みのある時代ばかりではないのだが、「湖州の筆」を除いては、いずれも作者の身辺雑記的な話題から始まって、簡明に工芸品・美術品の歴史と背景を語り、そこから慣れた筆で過去の世界に誘導されるために、読み慣れない固有名詞の頻出する時代小説といえども、その敷居はごく低い。
 また、歴史小説にありがちな、大仰な言葉を登場人物に使わせたりしないのもこの作者の特徴だが、それでいながら重厚な歴史知識は、小手先の演出では醸し出せない味わいを小説に与えており、どうも熟練の筆、といったところだろうか。田中芳樹や井上祐美子といった、中国史を題材とする作家たちがそろって表明する作者への敬意は、ただ先行者という理由のみではないことが納得できる一冊だ。
 
 名工匠による超人的な技巧について記した物語ばかりだが、奇跡譚の類ではなく、また、血涙の滲む修行の物語でも無く、天下に屈指の特殊な技能を持つ人々の、その技能への傾倒を生み出したきっかけとなるドラマを綴った物語。
 
 清朝末期の西域を舞台に、心ならずも反乱勢力の下で働かざるをえなくなった刺繍の名手・張晋渓が、自身の知略と卓越した技能によって、その境遇からの脱出を試みる「金魚群泳図」が★3つ、他は2つ〜2つ半、というところ。
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2016年08月25日

コルトM1851残月

 月村了衛による、江戸時代を舞台としたノワール小説。第17回大藪春彦賞受賞作。
 
 19世紀半ばの江戸は、同時代の国際水準を越える治安を確保してはいたものの、警察の能力は尚、現代とは比較にならず、その一方で長期の政治的安定下にあって、経済システムは緻密なものに成長を遂げていた。これは要するに、経済的組織犯罪者を生み出す環境が整っていたということであり、となれば、それはノワール小説の舞台としては、まことに好適な時代であったということだ。
 
 主人公の「残月」こと郎次も、表向きの家業は廻船問屋の番頭である。
 しかし、抜荷の采配がその本業であり、必要とあれば荒事にも手を染め、しかもけっして容赦はせず、加えて「仲間」であるはずの札差儀平の身内も、およそ心を許す相手ではなく、常に出し抜き、蹴落とす機会をうかがうだけの存在である。
 もう少し信頼できそうな情報屋程度はいても良いかも、と思うのだが、本作ではそういった甘さは排除され、殺伐としたやりとりに終始する。しかし、その徹底こそが、その疾走の果てに生まれる人とのかかわりに、鮮明なコントラストを与えている。
 また、ストーリー展開の、予見することが難しいにもかかわらず、読んでみれば、なにひとつ娯楽作品のあるべきかたちから外れていない感というのも舌を巻いてしまうもので、うーむ、月村了衛ってすごいなあ、としか言いようがない。

 敢えて個人的な好みの別れそうな部分を言うならば、このジャンルにしては、文章に妙な癖や凝り方がなく、柔らかく読みやすい印象があるのだが、反面、この文体が、クライマックスの重量感や圧力を、ほんの半歩、控えめにしてしまったようにも感じられた、という程度だろうか。
 とまあ、このくらいは書いておかなくては「面白い」だけで終わってしまう。
 ことほど左様に、これは真正面から面白い小説なのである。★3つ。

2016年08月22日

マッドネス・ヒル

 本作の監督G・キャメロン・ロメロの父親は、実はかのジョージ・A・ロメロ。
 父親と同じ仕事、しかも同じジャンルを選択しているのは“血”というもののなせる業なのだろうか。もっとも、題材に選んだのはさすがにゾンビものではなく、しかし、それ以上にアメリカンホラーの王道とも言えそうな「田舎ホラー」だ。
 
 1969年、ヴァージニア州の山林地帯。
 ワシントンへのヒッチハイクを楽しむ若者たちを乗せたトラックが、山中のバイパスルートにて故障する。
──丘を越えていけば、平行して走るもうひとつの幹線道路に出られる。
 トラックのドライバーに先導されて、山林に入る5人の若者。崩れつつある空模様を気にしつつ山中を急ぐ若者たちの視界に、一軒の農家が現れる……。
 
 まあ、タイトルからしても、そしてタイトルを見なくてもわかってしまう、この農家はやっぱりちょっとアレな家族の棲家なわけである。
 たんぱく質の補給には“旅行者”が一番、という食へのこだわりと、敬虔な信仰心の持ち主であるところはこの手の家族のお約束だが、類作とは些か異なり、彼らはそこそこに身奇麗であり、一見したところはありきたりの田舎の家族で、ごく普通にコミュニケーションをとって、たとえばその農家でお手洗いを借りたりすることも可能なのである。
 これは、食人者たちがフリークスという域をも通り越してモンスター化した『クライモリ』シリーズなどにあるような、笑いながら観るホラーに必須の、底の抜けた恐怖を排しているということでもある。つまるところ、より実話風の、グロテスクな厭らしさを感じさせられる方向に進んだ作品となっているのだ。
 
 さて、それは成功しているのか、と言えばまあそこそこ、というところか。
 網状の血管が透けて見える死体の皮を剥ぐシーンなど、結構にゴアなカットも盛り込まれてインパクトもまずまず。ストーリーの方も無難にまとまり、そこそこの予算で作成されたのだろう、大きな穴のない平均的な仕上がりという印象だ。
 ただし、やや盛り上がりに欠け、見終わった後に趣味を同じくする友人に語りたくなる類の、記憶に強く残る内容には、乏しかったように思われる。
 
 因みに、これも定番どおりにマザコンである殺人鬼の登場するこの作品を、監督は自身の母親に捧げている。プレゼントにもいろいろあるものではある。★2つ。
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2016年08月21日

家政婦トミタ

 幸せな家庭にやってきた、優秀な家政婦さん。さて彼女の正体は、というまあ隠してみても隠しようのないような素直なストーリー。だが、意外に面白い。

 本書の作者の高田侑は、第4回ホラーサスペンス大賞の受賞者。
 ホラーといえば、どうしても若者向けの印象があるが、この作者のペンはデビュー当初から奇妙に老成したところがある。超自然的な怪物よりも市井のエゴイスト、ことに金銭欲に憑かれた人物は、平山夢明や福澤徹三に劣らぬ、しかも、美意識の欠片も無い、あきれるほどに薄っぺらでグロテスクな個性として描きあげる。
 これは、作者の卓越した人間観察能力が活かされたものだろう。
 いや、実を言うと本書に限って言えば、「それだけ」という感もないではない(苦笑)
 ストーリーにはこれというヒネリもなく、ほとんど一本道で意外性もない。加えて、タイトルからも明らかな通り、読み手に特定のキャラクターを想起させることも計算においているだろう。これはやや安直にも見えることは否定できない。
 しかし、それで退屈する、というものではないのがこの作家の筆力なのだ。
 一人一人の登場人物が、その役どころとしてはパターン通りながら、現実の人間が持つ細かな心の揺れや人間的な癖、美点と欠点、そういったものをしっかりと与えられて造形されているために、その展開さえもおよそ見通せる筋立てにも、退屈するところ無く付き合うことができるのである。
 言ってみれば、平凡な脚本家による新鮮味の無い脚本を、一流の演技力を持つ役者が演じたドラマのようなもので、未知のものとの遭遇による驚きを期待して読むべき作品とはなっていないが、一定の時間を楽しむための娯楽小説としては、たしかな水準をクリアしていると言えそうに思う。
 
 付言しておけば、作者にストーリーテーラーとしての力が無い、ということではない。
 少なくとも、『うなぎ鬼』や『汚れた檻』などを読む限りでは、そちらの実力についても間違いはない。それらと比較しては、本作への評価は少々落ちる、というだけのことである。
 リアリティのあるノワールな世界が好きな読者ならば、気に入る作家なのではないだろうか。★2つ。
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2016年08月20日

踏み切り

 
 2006年に制作された映画なので、本来ならばその翌年あたりには輸入されていても不思議ではないのだが、どういうわけか発売は2011年末。どうしても地雷感が強く漂うところなのだが、感想としては意外な拾い物というところ。

──大規模な鉄道事故で、スクールバスに乗った小学生が犠牲になったその踏み切りでは、ギアをニュートラルに入れた車が停まると、亡くなった子供たちが後ろから車を押し始める。
 そんな都市伝説の残る街に移り住んできたヒロインは、麻薬の事故で恋人を失い、自身も薬物矯正経験を持つ少女。しかし、やさぐれたキャラというわけではなく、むしろ過去の行為に誰よりも深い後悔をいだいており、その心のゆれが、本作ではB級ホラーらしからぬ丁寧な演出で描かれている。 
 また、面白いことにこの作品では、恐怖の主体は不活発だ。
 言わば“踏み切りの自縛霊”であるそれは、主人公たちを監禁することも、チェーンソーを振り回して追いかけてくることもできない。しかし、それでもちょっとした仕掛けによって主人公とその周辺に鮮血はしぶくのだが、そう導入するあたりの工夫が、この作品の肝だろう。
 といっても、凝ったものではなく、さらに独創性にも乏しいのだが、そこにはかっての名作ホラーへの、リスペクトが感じられる内容があり、さらに注意を凝らしてみれば、名作に通じるモチーフはあちらこちらにアレンジされて、本作の製作者たちがこのジャンルに愛着を持っている人々であることが見て取れる。
 
 率直に言って、現代のホラーとしてはたたみかける迫力にも、映像の刺激性にも乏しいし、といって見終わった後に感動が残ったりするわけでもないものの、安直なモンスターのキャラクター仕立てでシリーズ化を狙わない、姿勢の潔さには好感が持てる。ただし、飽くまでこのジャンルを愛する人向きの作品で、特にホラー好きではない人にとっては、ややヌルい作品、としか感じられないかも知れない。
 
 ちなみに、DVDのジャケットは恐ろしく低予算作品めいているのだが、作品の方はなんとか劇場公開しても不思議ではない程度のお金はかかっていそうだ。一応、ルー・ダイアモンドとかも出演していることだし。★2つ半。
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2016年08月19日

深夜倶楽部

 都筑道夫による連作怪奇小説集。
 
 全7編
「死びと花」
「鏡の国のアリス」
「姫はじめ」
「狐火の湯」
「首つり御門」
「幽霊屋敷」
「夜あけの吸血鬼」

 岡本綺堂の代表的な怪談小説集に、「青蛙堂鬼談」がある。
 青蛙堂主人なる人物がホスト役を務める怪談会のスタイルで、様々な話者によって、多様な鬼談が語られる、という作品なのだが、本書はその綺堂をモダンホラーの書き手として高く評価する都筑道夫による、都筑版「青蛙堂鬼談」。
 
 ……というところではあるのだが、実は本書の各話はややページ数が多すぎて、いまひとつ構成にかっちりとしたところが感じられない。加えて、男性向けの娯楽誌風の描写が各編ごとに盛り込まれているので、ストーリーから浮いてはいないものの、怪談を楽しむ目的にあっては、やや雑味が混じる。
 本書の中でも、登場した著者自身が語るように、怪談は本来短編のものだということなのだろう、この7編の中でも、さらに細かなエピソードをいくつか連ねたスタイルのものの方に、精彩が感じられてしまうのも、そのためなのだろう。
 
 それでも不必要に構えたところのない、きりりとした簡潔な文章で、しかし、現実と幽冥のあわいを往還する筋立ては、さすがはマイスター都筑、の実感がある。その典型は本書の第一作目、北陸の旧家で、旧友から奇妙な「演技」の依頼を受けた役者の過ごす一夜を描いた「死びと花」。
 より短いエピソードでは、「姫はじめ」の中のひとつ、好条件のアパートに入った売れない講釈士の、薄気味の悪い体験の顛末が、いかにも綺堂風で秀逸。
 
 ストレートに恐怖や超常現象を押し出すのではなく、不分明ながら「悪いもの」に触れてしまったという灰色の記憶を描いた物語ばかりで、20年以上昔の初版ながら、手垢のついていない印象はある。★2つ半。
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