2015年04月19日

闇の伴走者―醍醐真司の博覧推理ファイル―

 浦沢直樹と組んだいくつかの仕事で、大きな役割を果たした元編集者にして現漫画原作者である、長崎尚志による「コミック界ミステリー」
 
 本職の作家によるものではないから、と期待はそう大きなものではなかったのだが、面白い、これは。
 扱っているのは「漫画」というサブカルチャーに分類されるものだ。しかし、原稿に用いられたスクリーントーンの技法を分析することで、作品の制作時期を推定するなど、美術系ミステリーではお馴染みのペダンティックな手法が、我々と同時代のものにそのまま利用されているあたりなどは、漫画を分析的に見た経験を持つものならば、ニヤリとせざるをえない。
 この謎解きの手法をはじめ、漫画誌の編集者であった著者の披瀝するジャンルへの該博な知識は、現在40代以上の漫画読みならば、そうそう、と頷いたり、そうだったのかと唸らされたりするところ多数だろう。さらに、業界の裏話に登場する名を伏せられた人物や、作中の漫画家たちのモデルなどを想像してみる楽しみもありそうだ。
 また、誰もが知る浦沢作品の薀蓄──ミリタリー系、あるいはグルメ系も満載であり、ことに、ヒロインが監禁場所から脱出を試みる際の手段などは、作者名を伏せたままこの作品を読まされても、『MASTERキートン』を連想させられてしまうところである。
 なるほど、これは全編長崎尚志ということだ。
 
 本書は、著者の二冊目の単行本になるが、文章は格別に目を引くほどに技巧的というわけではないものの、きわめて平易で読みやすく、ぐいぐいと引っ張られる作品のリーダビリティは抜群である。もっとも、ミステリーとして評価するとなると、あまりフェアにその条件を満たしているわけではなく、これはよりシンプルに「純エンターティメント」として評価すべきかと思う。
 ただし、作中に見える編集者への世間の「偏見」についての主張などは、正当なものであるとは思うものの、少々面倒くさい、とも感じてしまった。そういう人間である私などは、作者にしてみれば「読ませ甲斐の無い読者」ということになるだろうか(苦笑)
 多分、漫画への情熱の差、ということだろう。
 
 多様な要素を盛り込んだ、ノンストップの娯楽作品。おすすめ。★2つ半。
※尚、この感想は単行本版のもの。出版社のサイトでは文庫化にあたっての加筆訂正の有無などは確認できないので、大きな違いは無いものと思われるが、念のため。

2015年04月05日

記憶探偵と鍵のかかった少女

 他者の記憶に潜行し、それを当人とともに追体験できる特殊能力者による、「記憶探偵」なる職業が認められた、もうひとつの現代アメリカ社会でのサスペンス。

 面白く感じられたのはこの記憶探偵なる職業の設定。
 超能力者などではなく、あくまで犯罪捜査に協力する一専門家──しかも、企業と契約、そこから派遣される職業とされているところだ。彼らの調査報告は司法の場でさえも限定的な信頼しか得ておらず、当然、主人公はヒーローめいた活躍などできない。こういったかたちでこの実在しない職業にもリアリティが与えられており、ために、登場人物の心理を丹念に読み解いていくサスペンスの楽しみは損なわれていない。
 
 ただし、特別に凝った伏線や、想像することもできなかったどんでんがえしがあるわけではなく、まずまずはストーリーは平均的な水準。それでも、マーク・ストロング、ブライアン・コックス、そして出番はそう多くないが、インディラ・ヴァルマなどの良い味のある役者ぞろいであることに加えて、落ち着いた色調の映像が美しく、派手さは無いものの手堅い演出によって、それなりにテンションは維持される。
 
 良作、かと思うのだが、やや地味でもあり、若い人が観ると刺激に乏しさを覚えるかもしれない。主人公への感情移入をするにも、観る側は中年以上であった方が容易かと思う。★2つ。