2015年05月31日

はかぼんさん

 シンガーソングライターの、さだまさしによる奇談短編集。

全6話
第一話 はかぼんさん
第二話 夜神、または阿神うん神
第三話 鬼宿
第四話 人魚の恋
第五話 同行三人
第六話 崎陽神龍石

 この人の曲のいくつかは私たちの世代の共有知識だ。
 しかし、歌詞にみる作者の、実にまっとうで倫理的な価値観というのは、こういったジャンルではどうなのかな、と些かの懐疑を抱きながら本書を手に取った。
 で、読んでみたのだが、ああ、思ったほどではない(笑)
 いや、とは言え、たしかに優しさの方向に振れたストーリーではあるのだが、それは人のネガティブな部分を積極的には記さないという手法によるもので、そういった感情の存在を無視しているということではない。
 
 そして、そんなことを忘れて読まされてしまうほど、小説としては上手い。語彙、語り口、構成、とてものこと有名人の余技などと言うものではない。
 ただし、マニアの目をもくらませるような、凝りに凝ったストーリーや、幻想的なビジョンを鮮明にもたらすような、言葉の喚起力があるわけではない。そのあたりは、よい意味でマニア向けではなく、万人に向けられた作品として完成されているように思う。

 個人的なベストは、旧家での奇妙な一夜の体験を記した「鬼宿」。是非では語ることのできない超自然の存在との接触を綴った良作。
 単純に創作として読むならば「人魚の恋」も、オチは早くから予想がつくものの、安心の着地点。郷里の長崎を舞台に、古い港町ならではの歴史奇談を織り込んだ「崎陽神龍石」も味があるが、作者らしい優しさがやや前に出た感があり、「鬼宿」には一歩を譲る。

 ミュージシャンとしてのイメージ通りとは言え、個人的にはやや刺激に乏しいと感じた。作者の音楽的な業績を知らない世代の感想はどうだろうか、ふとそんなことを思った。★2つ。
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2015年05月27日

配達あかずきん―成風堂書店事件メモ

 書店を舞台にした、所謂“日常の謎”系に属するミステリー連作短編集。
 
 全5編
「パンダは囁く」
「標野にて 君が袖振る」
「配達あかずきん」
「六冊のメッセージ」
「ディスプレイ・リプレイ」

 駅ビルの6階にある書店「成風堂」で働く店員・杏子と、アルバイト・多絵のコンビが、書店とその周辺で起きるちょっとした事件を解決していく……というのがこのシリーズの基本設定。これがデビュー作となる作者・大崎梢は、北村薫に始まる、“日常の謎”作品の系譜に連なる創作者の一人と言えそうだ。
 書籍そのものを扱ったミステリーは多いし、書店員が探偵役を務めるものも、紀田順一郎や出久根達郎(正確には古書店員だが)作品等の前例はあるものの、それらはいかにも博覧強記な、書物の世界に沈棲する住民の物語であり、一般人の軽い本好きといった、読者層のマスな部分とは別世界を描いた話がメインとなっていた。
 その点、本書の場合は駅ビルの6階という設定にしてからが、まず過去の書店ミステリーにあったホコリ臭さを吹き払ったものであり、事実、話題に上るのはいかめしい古典籍ではなく、『いま、会いにゆきます』や『電車男』などで、この同時代感覚と取り付きやすさの持つ魅力は小さくない。
 
 さて、その上でミステリーとしての内容も充実していれば文句なし、ということになるのだが、そちらの方は、北村作品などに比較しては少々ゆるめに感じられた。
 「パンダは囁く」や「六冊のメッセージ」などは、ある程度本に親しんでいるものにすれば、謎としての意外性はそう大きくはないし、ミスディレクションを誘う仕掛けもうならされるほどのものは無いので、シンプルという印象もある。
 しかし、そもそもミステリーとしてジャンルの要件を厳格に満たさずともかまわない、という読み手も私自身を含めて少なくはないだろう。ただ、謎に引かれながら物語を楽しむ、そういう読書を好むタイプだ。そんな人には、この一冊は気軽に手に取ることのできるものであると思う。

 気分が明るくなる作品を読みたい、ただ、やはり私のような中年男ではなく、若い女性向きかな。★1つ半。

2015年05月25日

制服捜査

 2006年の「このミス」国内ランキング第2位に選ばれた作品。
 このランキングの上位作品は、あまり私の好みに合わない場合が多いのだが、この作品への評価ばかりは、実に文句なしだ。
 
 全5編の連作集。
「逸脱」
「遺恨」
「割れガラス」
「感知器」
「仮装祭」

 主人公の川久保は、情理をともに持つ「駐在さん」として理想的な人物だが、インサイダーとしての道を大きく踏み外すことはなく、組織の制約の中で、精一杯に住民の生活を守ることに注力する姿には、リアリティを感じられる。
 主人公を取り巻く環境については、作者の知識が充分に活かされて、実際の警察でありそうな不合理、階級意識、ことなかれ主義といった組織の問題点が描かれるが、そこに過剰な批判が注がれることはなく、「文句を言う暇があれば動く」とでもいった使命感を持つ者特有の意識に沿って描かれた物語からは、ある種の倫理に触れる心地がある。
 
 この物語で描かれる「地方の闇」とでも表現すべきものについては、大都市しか知らない読者には理解しにくいものがあるだろうが、これがけっして絵空事ではないことは、地方出身者であれば、ある程度納得のいくところだろう。
 田舎とは、純朴で真面目な人々が、物質文明の尺度では恵まれないながらも、豊かな自然の中で伸び伸びとした生活を送る場所だ、などという地方像を描くメディアは多いが、真実の田舎は、大都市と同じようにただ「人間の生活」が存在する場所であるという事実を、乾いた筆致で浮かび上がらせてくれる、これは傑作なのだと思う。★3つ。

2015年05月24日

西洋中世奇譚集成 東方の驚異

 中世欧州において民衆にまで広く信じられた「東方世界」を伝える二つの手紙、『アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙』と『司祭ヨハネの手紙』、さらに後者はラテン語と古フランス語の二種類のバージョンを翻訳したものが収録されている。
 
 情報伝達手段が未発達な時代、欧州の一般民衆にとっての非欧州世界というのは文字通り「魔境」だった。聖なる福音の届かない土地に跋扈するのは、醜悪な怪物と身の毛もよだつ風習を持つ野蛮人たちである。しかし、そこは同時に信じがたい不思議な力を備えた宝物が産する世界でもあるという、言ってみれば、現在のファンタジー作品の舞台の原型となる世界が創造されていたわけである。そして、これらの幻想を仮託するべき土地として大いにもてはやされたのが、東方──インドだった。
 インドと言っても現在の地理的概念とは一致せず、中世のそれは漠然と東方世界というに等しいのだが、イスラム勢力の台頭によってこの地域との直接的な連絡が遮断されると、事実との乖離はいっそう広がり、その一方でかすかにもたらされる情報は、希望に基づいて聞き手の恣意的な変更を加えられる。それら、事実と幻想とがない交ぜになった東方世界像というのが、本書で記されているものだ。
 
 まあ、正直、わくわくと胸躍る幻想世界が目の前に広がる、というものではない。
 空想とはいえ一種の地誌と遠征記に近いものなのだが、単純に桁外れの量を記録することによる「凄さ」の表現や、非現実的な怪物の列挙が過ぎる。そのくせ個々の記述はごく簡単に羅列するスタイルなので、ある程度読み進めてみると、何が書かれていても、へーそうなの、としか反応できなくなるところがある。同様に浅い記述でも『山海経』の如く過剰なほどのボリュームがあれば、それはそれで図鑑的面白みも出てくるのだが、どうもそこのところでも今ひとつ、なのである。
 もっとも、それは私の浅学に原因があることは間違いなく、キリスト教の知識があれば、登場する怪物にもひとつひとつ象徴的な意味を見出したり、それを民衆に流布させた、教会と世俗権力の思惑などにも気づくことがあるのかも知れないので、これは猫に小判、ということなのだろう。
 
 尚、注釈は詳細かつ平易なものであるし、読んでいくのに難渋する堅苦しい文章でもなく、現代風の修辞を伴わない描写には独特の味わいというものもある。また、幻想文学に登場する怪物の、意外な原型的姿を確認できる楽しみはありそうだ。
 とりあえず、「アレキサンダー・ロマンス」や「プレスター・ジョン伝説」などに関心を持ったことのある人は、手にとってみても良いかも。★2つ。

2015年05月23日

廃院のミカエル

 篠田節子による、幻想的ホラー長編。
 
 『Xωρα―死都』に続き、舞台はまたもギリシア。
 しかし、地中海の陽光の中に揺らめく白昼夢のような物語であった前作とは一転し、本作では、鬱蒼とした山林に雪をまく風の音が聞こえそうな、灰色と暗緑色のコントラストを印象付けられる山岳地帯に物語りは展開する。この陰鬱な風景の描写は、例えばスラヴ民話に源流をたどることのできる「死なない屍者」の伝承など、ここが思いのほかにドロリとした民俗の闇を湛えた地であったことを思い出させられる。
 さらに「魔の巣くう廃院」「ありえないモチーフを描く聖像画家」「塗りつぶされたイコン」「悪魔憑き」と、ホラーとしていかにも魅力的な謎が次々に登場して、読む手を休める暇もない。
 これだけの内容に加え、三人の主要登場人物が、それぞれに抱える過去の物語にも相応の記述が割かれているのはなんとも贅沢……ではあるのだが、しかし正直、盛りだくさんにすぎて、ストーリーが些か散漫になってしまった印象も受け、各エピソードにもやや消化不良感が残る。
 
 散漫ということであれば、よく考えれば『Xωρα―死都』もまたそういった傾向はあったものの、まず主人公の生き方にしっかりと軸を据えた物語であったために、個々のモチーフの魅力は本作よりも乏しかったように思われるものの、小説としての読み応えは上だった。あるいは、連載作品として読み続けていると、常に新しい驚きで引っ張り続けられる本作の方が楽しめたのかな、などとも思うのだが、どうも個人的には篠田作品のベスト候補には上げられそうにないな、とも。とはいえ、この作家の作品には水準以下と言うものはないのだが。★2つ。
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2015年05月22日

南の探検

 蜂須賀侯爵家の継嗣として生まれ、鳥類学者・探検家としても著名であった蜂須賀正氏によるフィリピン・ミンダナオ島探検の記録。初版は昭和18年5月。
 
 主要な記述内容は、著者によるミンダナオ島のアポ山登頂体験となっているのだが、これがビックリするほど「探検」という言葉から想起されるものそのままである。
 千古斧鉞の密林、峻険な地形、熱病の流行、そして首狩族や食人習慣の噂など、わずかに巨大な肉食獣が登場しないことを除いては、あまりに舞台装置がそろい過ぎていて、なにやら「蛮烟瘴霧」などという四文字熟語を思い出してしまう雰囲気である。こういった世界が、われわれの父親の少年期にはいまだ存在していたということ自体に、ちょっとした驚きをおぼえなくもない。
 出版された時代によるものでもあるのだろう、アジアへの雄飛を鼓吹するための彩りも見られるが、それについては思いのほか大人しく、原住民を蔑視することで、安易に読者の優越感をくすぐって教化意識を刺激するものではない。もっとも、有尾人の存在を真剣に論じていたりする件もあり、それが本当に当時の学問的水準での「謎」であったのかどうか、疑問を感じさせられたりもするのだが(笑)
 
 日本語よりも英語のほうが堪能だったと言われる著者だけに、その交友関係は国際的であり、ことに当時敵国であった米英の学者たちとの友誼と彼らへの敬意を、まるではばかることなく記しているあたりは、まあ、貴族院議長を務めた父親を持つ、華族の当主であるがゆえに可能であったことなのだろうが、なかなかに胆力の伺えるところでもある。
 あるいは、この程度の余裕が、昭和18年の社会にはいまだ存在したのだ、という風に読み取ることも可能なのかも知れない。
 
 おそらく、そう高くない年齢層でも手に取りやすいことを目指した書なのではないだろうか、文章は平易で写真・図版も多く、400頁を越えるものながら2時間もあれば読了できる。ちょっとした移動時間を読書にあててみれば、日常の瑣事への思いからほんの少し離れることが出来そうでもある。

2015年05月21日

そこに、顔が

 まず、謎だ。
 ホラーであれミステリーであれ、はたまたSFであれ、最初に提示される謎に魅力が乏しければ、その作品は私の関心をひかない。
 「顔が見える」という奇怪な妄想に憑かれた人物が、次々と自死を遂げる、という本書の謎は、そういった欲求を十分に満たしてくれるもので、しかも、SFとホラーを自由に往還する作者の守備領域の広さゆえに、謎解きの回答は、科学の成果からもたらされるのか、あるいは超自然の闇の中に溶け込んでしまうのか、その展開にも予断は許されず、ストーリーの行方を見定めがたい。
 
 作者自身があとがきで記しているように、この作品は「ストレートに『怖い話』」であり、「ある意味ホラーの王道」でもあるのだが、個人的には80年代の山田正紀か小松左京が「怪奇SF」として書きそうな、という印象を持った。
 これは、古いという意味ではない。
 正攻法で綴られたストーリーである、という意味である。
 その上で、登場人物の魅力──やや大人しめの青年である主人公を補って余りある、牧野作品に多い姐御系ヒロインのそれも、ファンの期待を外さないものである。
 
 ある種、ホラーとしての水準的作品。職人的作家の業というところだろうか。★2つ。
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2015年05月19日

美食探偵

 明治後期から大正年間の流行作家、村井玄斎を探偵役に据え、一話ごとに日本における黎明期の洋食の薀蓄をちりばめた短編集。
 
 全五編
「海から来た女」
「薄荷屋敷」
「消えた大隈」
「冬の鶉」
「滄浪閣異聞」

 主役となる村井玄斎は、三河吉田藩士の家に生まれ、北米大陸を放浪の後、郵便報知(現在の報知新聞)で編集に携わり、後に『食道楽』という明治時代の大ベストセラー(当時で50万部というのだから、これは桁外れなものだっただろう)を生み出した人物。
 玄斎というペンネーム(本名は寛)は、なんだか白髪の町医者みたいな雰囲気なのだが、作中の主人公は、才気煥発にして知力充溢、なかなかに颯爽とした紳士であり、後にその妻となるヒロインの尾崎多嘉子との恋愛模様も、物語の縦糸のひとつとなっている。
 
 ほとんどは人間関係にからむ動機を探るものなので、ミステリーとしての内容には物足りなさも残るし、もうひとつのポイントであるこの時代のグルメの世界についての記述も、案外にあっさり気味なのだが、それだけにリーダビリティは良く、すいすいと気楽に読めるので、これはのんびりと時間を過ごしたいときに向いた本なのだろう。
 
 ちなみに、主人公とその妻については写真が残っている。顔の輪郭が、綺麗な卵型の奥方は中々に美形。旦那様は……むむ、嶋田久作に似ているような。
 
 新幹線で出張するサラリーマンのお供に最適、といった雰囲気。★1つ半。

2015年05月18日

賢者はベンチで思索する

 ファミレスのウェイトレス・久里子と常連客の謎多き老人・国枝のコンビが、ご近所で起こるいくつかの事件を解決していく、ほのぼの八割、されど時折にビターな連作風長編。
 
 実質的には三編の連作だが、目次では三章の章立てとなっている。
「ファミレスの老人は公園で賢者になる」
「ありがたくない神様」
「その人の背負ったもの」

 この作品のカラーを、どう表現したらいいのだろうか、明るくはあるのだが、ユーモラスな部分は多くない。悲しみを覚えるところはあるものの、同時に爽やかに吹き抜ける感もある。ヒロイン・久里子の経験する、ちょっとした成長の物語とも言えそうだが、しかし、読者は若い女性限定という作品でもなさそうなところが、なかなかにこの作品の懐の深いところではある。

 本書のヒロインである久里子は、特別に美人でも優秀でも善人でもない、どこまでも普通な、強いて言えば比較的心は優しい方ではあるだろう、という程度の個性しか持ち合わせていない若い女性だ。
 しかし、久里子が家族や、その周囲の人たちに向ける視点の温度、ちょっとした不幸の予感に心を曇らせるような姿は、それが平凡にすぎるがゆえに、広い層の読み手が共感を抱くことができるものであり、ために、彼女と行動を共にする国枝老人との交流を描いたストーリーは、主人公たちとは全くパーソナリティを異にする私のような読者にも、奇妙に距離を感じさせないものとなっている。
 その一方、こうした多くの人々の共感を得うる感情を、主人公たちの行動の根本に据えた物語は、往々にして甘すぎて目も当てられない人情物になってしまいがちだが、本作の場合は彼らの振る舞いが絶妙なところでセーブされて、「情」というよりも、どこか「理」に近い、清潔感のあるものとなっている。これはおそらく、もう一人の主人公である国枝老人の、温かでありながら、時に冷厳として世界を見据える視点が、折に触れて物語に差し挟まれるからなのだろう。
 
 因みに、本作には続編もあるが、私はまだそれを読んでいない。駄作だからではなく、この終わり方であればこその作品だと思うからだ。もっとも、実際に続編を読めば、簡単に意見を変えてしまう予感もあるのだが(笑)
 
 万人にお薦めできる佳作。★3つ。

2015年05月17日

サイモン・アークの事件簿 W

 作者選の前3集とは異なり、本書は訳者の木村二郎によるアンソロジー。それが理由だろうか、日本人にも関心を持たれそうな題材の作品が選ばれているようだ。

全8編
「悪魔の蹄跡」
「黄泉の国の判事たち」
「悪魔がやって来る時間」
「ドラゴンに殺された女」
「切り裂きジャックの秘宝」
「一角獣の娘」
「ロビン・フッドの幽霊」
「死なないボクサー」

 とまあタイトルを一覧しても、たしかに我々にも馴染みのある有名どころの謎が並んでいるが、本シリーズの常としてオカルトは飽くまで雰囲気のみであり、本筋は読み口の軽いミステリーだ。
 そのオカルト的味付けも、ページ数の制約もあってのことだろう、さほど濃厚でもなく、いくつかはやはり半世紀以上昔の作品ということを考慮しなくてはならないように思う。
 もっとも、翻訳によって文体が現代のものとなっているため、作品への距離を覚えさせられることはほとんどない。ただし、同様の軽い国産ミステリーに比較しては、キャラクターの立ち方が薄く、これは、肩の力を抜いた、大人の読み物、ということでもあるのだろう。
 
 個人的な本集のベストエピソードは、南北戦争期からその活躍を辿ることができる不死のボクサーに関わる殺人事件「死なないボクサー」。反対に首をかしげてしまったのは「悪魔の蹄跡」、いくら何でもな伏線をそのままに使うって、……うーむ(苦笑)

 北見隆によるカバーイラストと装丁の品のよさには、コレクションする楽しみも味わえる。★2つ。