2015年08月23日

怪力乱神

 論語の一節に、君子は怪力乱神を語らず、という言葉がある。
 著者によれば、怪はミステリー、力はバイオレンス、乱はエロ、神はオカルト、を意味するのだという。これらを語らないのが君子の条件だというのだが、世の中には君子よりもそうではない人間の方が圧倒的に多いわけで、その結果、中国にはこれらを語った、驚くほどに膨大な記録が残されている。
 本書は、これら「怪力乱神」三昧な、前近代における中国人の豊かなイマジネーションの世界を、著者がその該博な知識の一端を披露することで我々に覗かせてくれるガイドブックである。
 
 さて、ガイドブックであるがゆえに説明は懇切丁寧、中国史も漢文もまるで不案内な人間でも、全く迷うことなくその世界に遊ぶことが出来る。
 
 章立ては五つ。
 第一章 人体の迷宮
 第二章 霊と肉の痛み
 第三章 変身と幻獣
 第四章 性と復活の秘儀
 第五章 宇宙に吹く風

 さらにその中から見出しを拾うならば、「記憶する心臓」「首なし騎士の系譜」「荘子の隠し絵」「母胎回帰願望」「亡国の音楽」「飛行機械の夢」など、ざっと目にしただけでもこの手の怪しげな話が好きな人間ならば、期待に胸が高鳴るのものばかりなのである。そして無論、本書の内容は、その期待に真正面から応えてくれる充実したものとなっている。
 全エピソードを通じて読めば、環境へのある種の敬意と共感を備えた、前近代における中国人の世界観を見出すことができる。そしてそこからは、現代に生きる我々が思考すべき有意義な材料をも提供されるわけである。
 
 ……もっとも、私のようなただの奇談オタクは、およそ知性とは無関係な好奇心がかきたてられるばかりであったわけで、これは著者には申し訳ない気持ちで一杯なのだが、ま、そういう読み方もあり、ということで。

 澁澤龍彦の『東西不思議物語』等が好きな人にはお薦めできそうだ。★3つ半。

※リンクは、改題された文庫本「怪の漢文力」。この感想は単行本時のもの。

2015年08月15日

しにんあそび

 福澤徹三による「奇妙な味」の短編集

 全11編
「お化け屋敷」
「やぶしらず」
「やどりびと」
「ゴミ屋敷」
「元日の老人」
「かくれんぼ」
「骨」
「年始のやりくり」
「孤独な幽霊」
「しにんあそび」
「昭和の夜」

 あとがきにあるように、現代ではホラーに分類されてしまう作品の短編集だが、作者が志向したのはミステリともSFともホラーとも言いがたい、乱歩の定義によれば「奇妙な味」の小説なのだと言う。
 なるほど、たしかに冒頭の「お化け屋敷」などは、ホラーに分類することに大きな違和感はないのだが、しかし、結末までを詳述して、極彩色の恐怖を提示してくるジャンルの諸作品とはよほどに味わいが異なっているし、「かくれんぼ」の疾走感を伴う醒めたノワールな味も、ホラーとしては一般的ではない。さらに、一見散漫とも感じられてしまう実話怪談的エピソードが、縷々綴られる「骨」の構成は、これはそもそも小説としてジャンルに分類することは難しいだろうな、と肯いてしまう。

 そういった、分類困難な作品を集めただけに、ややまとまりに欠ける印象もあるものの、反面、ストーリーの行方は予想がつかず──ことに、「孤独な幽霊」のラストなどには、はあー、こうきたかあ、と圧倒されてしまうわけである。

 表題作の「しにんあそび」や「ゴミ屋敷」のような、作者本来の恐怖を求めても、もちろん不足はない。しかして、それのみではない、バラエティを備えた一冊となっている。★2つ半。
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2015年08月12日

誰かの家

 三津田信三による三冊目の怪奇短編集。
 
 全6編
「つれていくもの」
「あとあとさん」
「ドールハウスの怪」
「湯治場の客」
「御塚様参り」
「誰かの家」

 あれ、まだ三冊目だったか、という感覚。
 もっとも、考えてみれば短編の怪奇小説というのは意外に掲載誌も少なく、本書の収録作品も新本格ミステリーが主流のメフィスト誌に発表されたもの。とはいえ、内容はしっかりと怪奇小説で、しかもその純度は高まって感じられた。

 全作の感想を以下に。

「つれていくもの」は、現代日本の怪談らしい意匠ながら、”もの”の佇まいは、遠野物語にも、また一方で欧州の邪妖精といった存在にも通じそうで、「魔物」と表現するのが一番しっくりとくる。一種、民俗譚の味わい。

「あとあとさん」は、古い日本家屋を舞台に、幼い少年と母親が体験する姿の見えぬものの怪異、というこれはもうスタンダード的ストーリー。
 同居する祖父の狷介な奇人ぶりの描写も利いて、「湯治場の客」と並び、個人的には本書中のベスト。

「ドールハウスの怪」は、本書の中ではやや地味。
 怪異と仕掛けは巧妙なものながら、あまり私の趣味に一致するものではなかった。

「湯治場の客」も、道具立ては現代の小説らしくはないのだが、その雰囲気は抜群。この作者の場合、文体がミステリー向きと言うか、状況を整然と描写しているように感じられることが多く、ために、国産怪奇小説特有の湿度を備えた仄暗さや曖昧さ──諸星大二郎の描線によって表現されるような──にはなじまないように感じていた。
 しかし、本書収録の諸編、ことに本作ではその印象が一変である。幽冥の中に世界が霞み、歪む。そんな怪奇小説らしい幻惑感がある。

「御塚様参り」は、これも老女の懐旧談という体裁で、現代からさかのぼって語られる怪異。恐怖の仕掛けそのものは、さほどとも思わなかったものの、ひねった結末への趣向は、予想もつかなかった冷え冷えとした心地をもたらしてくれる。

 表題作「誰かの家」も、30年ほど昔の恐怖体験を語るスタイルながら、語り手が少々やんちゃな中学生、ということもあって、他の諸編とは異なり、今風の怪談実話的な感触がある。
 語り口の軽さから、一番入り込みやすい一編ではあるものの、他の作品にあった湿度が控えめなところは、やや残念。

 どこかしらドライで現代的な作風だったのだが、本書ではきわめて日本的な怪談集となっている。作者の過去の短編集のうちでは、一番私の好みには合う。★3つ半。
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2015年08月02日

柳生十兵衛秘剣考 水月之抄

 歴史推理には珍しいライトな読み口が楽しかった前作に、この作家のファンになったのだが、本作は待望久しいその続編。

全三編
「一刀流“夢想剣”」
「新陰流“水月”」
「二階堂流“心の一方”」

 剣名の高さに比して、その生涯に不明な部分があまりに多い、一刀流開祖、伊東一刀斎の「正体」を探る第一話。一羽流と微塵流の争闘を題材とした第二話。そして映画「るろうに剣心」にも登場した、超能力めいた二階堂流の魔技“心の一方”の謎を突き止める第三話。
 
 歴史ミステリーの場合、解答の持つ「意外性」の水準が作者と近いところにあるかどうか、というのが読み手が楽しむことのできる、ひとつの条件になるように思う。例えば、明智光秀が天海僧正になった、とか言うオチはいささか飛ばしすぎであるし、反対に歴史的大事件の「真犯人」と名指された人物があまりに無名であったりすれば、だから何、という感覚にとらわれる。
 そのあたりの派手すぎず、地味すぎない匙加減が、私にとってはちょうど良い塩梅であったのがこの前作で、本作でもそこは期待通り。史実という条件の中で披露される、ありえたかも知れない「真相」の姿は、ほどよく意外で、ほどよく説得力があり、そして語られる求道者の姿には、どこかしら哀感が漂よう。
 
 伝奇小説としての世界観の中での展開もあって、純粋な推理小説とは言いがたい部分もありそうだが、そこも含めて歴史ミステリーというものの味わいだろう。また、前作同様の十兵衛と玄達のかけあいも健在なのだが、ややテンポは落ち気味、という印象。 
 とはいえ、シリーズの再開はなにより喜ばしい。まずはめでたし、ということで★2つ半。
 
 
 ところで、異常な長寿を伝えられる伊東一刀斎と、そこに疑問を覚えた柳生十兵衛と言えば、やはり想起されるのは山田風太郎の短編、「死なない剣豪」だが、リンクを貼ろうにも手元にある廣済堂文庫版はとうに絶版、現在はどの短編集で読めるのか判然としないので諦めた。これも傑作、古書店でみつけた方には入手をおすすめしたい。

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