2015年11月22日

白の迷路

 このBlogで、すでに紹介した「極夜」「凍氷」に続く、フィンランド産の警察小説、シリーズ第3作。

 前々作では田舎町の警察署長、前作では首都ヘルシンキの刑事だった主人公、カリ・ヴァーラは、今度はなんと国家警察長官直属の非合法特殊部隊を率いる、指揮官へと出世している。
 いや、しかし、フィンランドの警察と言うのは一体どういう組織なのか。
 北海道と同程度の人口しかない国であれば、もろもろが小所帯であるにしても、そういう人事異動はありなのか、主人公の適応能力は高すぎではないか。
 事実、第一作では「はぐれ刑事純情派」みたいだった主人公が、今作では「西部警察」に出演しそうな勢いである。なんなのだろうか。
 この変身に驚いているのは、私だけではない。解説の北上次郎まで、“全く信じられない”などとオープンに語ってしまっているのだ。

 しかるに、本作は笑いながら読むべき色物小説か、などと思うと大間違い。
 主人公たちは、「超法規的手段」により麻薬を摘発し、犯罪組織の殲滅を狙うのだが、その一方で、フィンランド国内での差別主義の台頭、政治の腐敗、深刻な経済的格差などに接する。往々にして、理想的国家として語られることの多いこの北欧の小国も、しかし、それ以外の多くの国々に共通する病に侵されているという苦い事実に直面し続ける。
 理想に基づいた当初の目的を見失いつつある主人公たちの姿は、第一作のややのどかな(そこでも移民問題は語られていたのだが)展開から遠く離れ、ノワールな色を濃くしている。そして、驚くべきはそういったスタイルで描かれた作品として、本作は成功しているのだ。
 
 なんなのだろう、とは再度いぶかしみを覚えることだ。
 作者は、どのような意図で、一人の主人公をここまで変身させたのか。しかし、個々の作品の完成度を考えれば、これが無計画なものであったとは思えない。
 しかし、その謎が解けるかどうかはわからない。作者のジェイムズ・トンプソンは、本作を発表後の2014年8月にまだ49歳にして急逝してしまっているからだ。(もっとも、米国では第4作が発表されているということなので、そこではこの先の主人公に再会することはできるのだが)
 
 わずか3作のみのシリーズながら、この大きな変化は、あまり他に例をみない。しかして、スタイルの異なる3作が、それぞれにジャンルのものとしての完成度を備えている、というのもまた、類例のないところだろう。まずは驚く。★2つ半。

2015年11月15日

カルニヴィア 1 禁忌

 一言で言ってしまえば、国際謀略スリラーということになるか。
 主人公はイタリア軍の憲兵大尉とアメリカ軍の広報担当士官、どちらも若い女性だが、肉感的で奔放な前者と、まじめで学究肌の後者、と、コンビの定番らしく性格は書き分けられ、これにイタリア人の天才プログラマーと、引退したCIAの元大物工作員の老人がからんで、ユーゴ内戦期の「秘密」を追う、というストーリー。
 
 説明が大雑把なので、少々安っぽく感じられるかも知れないし、たしかにストーリー自体は、難解で哲学的示唆に富むようなものではないが、とはいえ、よくもここまでと言いたくなるほどに、登場人物それぞれの知識背景ががっちりと構築されているので、読み応えは生半なものではない。特別に魅力的な行動を取るわけではないキャラクターが、しかし、感じさせてくれる存在感の厚みは、本作の傑出した個性だろう。
 
 もちろん、キャラクターのみではなく、作品世界を支える情報についても、その「描き込み」とでも表現したくなる微にいり細にいった凝り方は、ああ、こういう作品を書く人は10年に1作くらいしか書けないんじゃなかろうか、などといらぬ心配をしたくなるほどだ。(さらに言えば、こういった職業作家による娯楽小説は、やはり巨大な読書人口を擁する英語圏でなくては難しいだろうな、とも思う)
 尚、ヴァチカンが関係してくるところからか、ダヴィンチ・コードを連想する指摘もネット上では散見するが、個人的には宗教系の秘史的記述は、本書の方が個性と味わいが上であるように感じられた。
 
 さて、続刊が待ち遠しい……というべきなのだろうが、少々ボリュームがありすぎて読み疲れがした(笑) 次は半年先くらいでよい。★2つ半。
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2015年11月14日

血の儀式

 いまひとつ映像化作品に恵まれないことで定評のある、原作者はS・キング。ただし、本作については比較的私の好みに近かった。もっとも、その内容がどの程度原作に忠実であるのか、は例によって未読であるために判断がつかない。
 
 ものすごく大雑把にストーリーを説明すれば、魔女と噂され、忌み嫌われる祖母を介護することとなった少年の恐怖の体験、ということになるだろうか。
 
 この祖母のキャラが本作中のみどころ。
 孫が慕うところもそれなりに納得させられるものはあるが、しかし、孫以外に慕われることはありえないアクの強さ。性格が悪いというよりも、一人で生きてきた女性として強くなりすぎてしまった、というところか。そして、その強さの裏づけとして仄見える「もの」の姿は……と、このあたりの探求は、そう奥深くもないのだが、それによってストーリーの行方のおおよそが見定められるのは、ジャンルの娯楽作品としてはマイナスではない。
 また、ともすればホラー映画では過剰なまでに別世界として描かれてしまうアメリカの「田舎」だが、本作ではもう少し現実的な「地方都市」の保守的限界のようなものが見えるのも、やや珍しい。さらに、「魔女伝説」の内容が日本で言えば「憑き物筋」の伝承によく似ているところも、奇妙な一致点として関心をひかれたところだ。
 
 作品としては大作ではないが、その予算内で映像化できるものをきちんと消化して、過不足の無いものに仕上げた、という印象である。★2つ。
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2015年11月08日

佐助を討て

 戦国時代の架空のヒーロー・猿飛佐助を、しかし主人公には据えず、彼を討つことを命じられた、徳川家の名も無き忍者たちの側からその戦いを描いた一作。
 
 敵である佐助は、人間の限界をはるかに超えた能力を持つ悪夢のごとき存在、一方、主人公たちは、優れた忍びとはいえ常人の身、チームワークと多勢と、捨て身の覚悟より頼るものはなく、佐助ともう一人の超人・霧隠才蔵の手にかかっては、彼らの身に指一本触れることもかなわず、次々と命を奪われていく。
 しかも、幕府の体制はすでに磐石のものとなり、佐助以下、真田十勇士の残党にも、それを覆す力などはない。つまり、主人公たちは捨て置いてもかまわない残敵掃討のために、死地に臨むのである。
 
 生命を賭けつつも、それが無意味なことであるという、この虚無感は本書の全編に濃く漂っている。
 そしてこれは、ジャンルの事実上の創始者、山田風太郎の忍法帖にも通じるものがある。世界そのものの不条理の中で、圧殺される青年、老人、少女、そして異能力者、しかし、その中にあってもなお、人生を生きるに値しないものとは結論付けていないところにもまた、風太郎作品同様の吹き抜けるものがあって、読後感は悪くない。
 
 と、ちょっと硬い感想になってしまったのだが、実は読んでいる最中に、風太郎作品と平行して連想したものがあった。この話はあれだ、特撮番組の、悪の組織の戦闘員の記録に近い(笑)
 佐助の無闇に強いのに戦いを好まぬところはそういった作品の「正義の味方」を思わせるし、佐助との戦いに魅入られて組織に従わない行動をとる才蔵は、ハカイダーとかタイガージョーとか(古すぎか)、あのあたりのキャラだ。そして、主人公たちは、正義の味方に蹴散らされる、名も無き戦闘員である。
 ……と、こう書いてしまうと今度は一気に柔らかくなりすぎかも知れないが。
 
 甘さや笑いの無い、男性的なごつごつとした物語だが、敵役のキャラクターはよく立っており、伝奇的な意外性の展開もあり、私好みの時代娯楽小説だった。★2つ半。
posted by Sou at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書:歴史・時代小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

ぼぎわんが、来る

 第22回日本ホラー小説大賞受賞作品。
 
 題材はこれぞ怪談とも言うべき王道。メインの登場人物も若者ではなく、分別盛りの30代。加えて岡本綺堂を敬愛するという作者の文体は、過不足のない、端然としたものとあって、インパクト狙いのあざとさがない。

 その一方で、キャラ立てや個々のエピソードには、作者の個性があり、ことに「意識高い系イクメン」とでも言うべき登場人物の鬱陶しさには、特筆したい同時代性がある。また、語り手が交代することで物語の謎が解け、一方で新たな謎が生まれる展開などは、実に鮮やかな仕掛けである。
 さらに、導入部における怪異との白昼夢のような遭遇、人の心の闇、魔を祓う能力者の悔恨、史書にかすかに残る「ぼぎわん」の痕跡など、適宜提示されるホラーに必要な要素を備えたパーツのそれぞれもぴたりとはまって、読み手の関心を物語の外にそらすことがない。

 ただし、あえて文句をつけてみるならば、正直なところ本作には、記憶に深く刻み込まれるような、突出した着想はないように思う。ホラーの王道を行くものであるだけに、意外性におおきく振れた暴勇に乗るところがないのだ。
 しかし、そんなところまで要求の水準を上げなければ、指摘すべき瑕疵が、本作にはない。けっして低くない水準でバランスのとれた作品は、そのバランスの良好であること自体が、たぐいのない個性となる。そんな感想を読後には得た。

 巻末の選評での、綾辻行人のコメント
歴代ホラー大賞受賞作の中でもとりわけ、広範な読者にアピールする力を持った逸品だと思う。

 この言葉に全面的に賛意。

 私的本年度ホラー小説ベスト10には確実に入ると思う。★3つ。
posted by Sou at 20:58| Comment(2) | TrackBack(1) | 読書:怪談・ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする