2016年02月21日

憑きびと

 怪談実話系の新刊かと一瞬見まがえてしまったが、これは徳間文庫刊の純粋な創作ホラー小説のアンソロジー。
 
 全7編
「いっしょだから」    川崎草志
「お正月奇談」      朱川湊人
「クライクライ」     真藤順丈
「夜の訪問者」      田辺青蛙
「ひらひらくるくる」   沼田まほかる
「D-0」         平山夢明
「にんげんじゃないもん」 両角長彦

「いっしょだから」
 結構キャリアのある作家さんだが、私は未読であったため作風がよくわからない。
 そのため、やや唐突に感じられたラストについて、どこかに伏線があるのでは、と探してしまった。結局判然とせず、いや、それが味なのかな、と思案中。
 主人公が幼い子どもを持つ母親というところも、私には理解が届きにくかった理由かもしれない。日常からそのままに連続する世界の、静かな闇の色の深さを見る心地は、肌に粟を立てるものがあるのだが。★2つ。
 
「お正月奇談」
 ほのぼの系のストーリー。子ども向けにリライトして、絵本にしてみても好作品になるのではないだろうか。
 小説としては抜群に巧いものの、本来、私が好むタイプの作品ではない。しかし、作中に登場する昭和の正月風景描写が、作者と同世代である私の懐古趣味を直撃してしまったので、ここは★2つ。
 
「クライクライ」
 グルーブ感を備えた独特の文体、若い女性の一人称で描かれる「全てを怖がる少年」の物語。
 ストーリー先行ではなく、といってキャラクターのはじけ方を楽しむでもなく、双方が渾然と融合したこの作者ならではの作品世界で、その魅力を言葉で表現するのは難しい。どこをどうしても明るい話ではないのだが、なぜか読後感は悪くない。★3つ。
 
「夜の訪問者」
 夜毎に訪ねてくる生首、といえばまあ普通に怪談、ハーンのろくろ首あたりを連想してしまうところだが、この作者の筆名ゆえか、どことはなしにかすかな温かみの中に、やや幻想的な色合いの加わったストーリーである。
 巧妙な伏線が活きるラストの着地点は寸分の狂いも無い。本アンソロジー中、もっとも怪談らしい怪談だった。★2つ半。
 
「ひらひらくるくる」
 微妙にネジのゆるんだ人物を書くときの、この作者の描写力はすごい。
 ただ、その怖さがキリキリと心に迫るものにならないのは、私の鈍磨した感受性の限界だろう。多分、優れた読み手ならば本作を、本書中の随一と推しそうな気がするのだが、凡庸な私の感性は、あともう一押しを欲してしまうのだ。
 こういう作品は、10年ほど経てから再読してみると、様々な気づきはありそうなのだが。★2つ。
 
「D-0」
 絶望の淵に立つ少年、無国籍風の街、そして地下社会の男たち。
 久々に真っ向からの平山節である。
 まず、主人公の両親のキャラクターが、平山ならではの念の入ったクズである。一方、主人公を教育し、未来への可能性を与えるのは、「組織」の「コック」だ。
 主人公が成長していく過程において、料理の「意味」を学び、そこにさしはさまれる平山流の奇妙に重厚な食へのペダンティズムが、汚泥の中に沈む少年に、異なる世界をかいま見せ、自身の足で立つための力をもたらす。
 様々なジャンルに創作領域を持つ作者だが、殺伐とした世界にかすかに漂うこの詩情を感じさせてもらえるのは、やはりこのノワールな分野よりないのではないか。
 ここ数年間の平山短編作品中のベスト。★3つ半。
 
「にんげんじゃないもん」
 こちらの作家さんも初めてだ。
 山本弘やゆうきまさみの作品が好きな、40代以上のSFファンにはしっくりときそうな、ホラーというよりはライトな伝奇SFである。このラインは、私好みであるのだが、なにしろ、平山作品の重量感にやられた後では、どうしても頭の切り替えができなかった。これは編集順序の問題で、作品としては良好なものとは思うのだが。★2つ。
 
 ということで、好みの問題はあれど平均以下の作品は無いが、真藤、田辺、そして平山の三作品は特筆すべき収穫。一冊の評価は★2つ半。
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2016年02月06日

ウェスタン忍風帳

 菊地秀行による、忍者 VS ガンマン、という贅沢と言うか無茶と言うか、まあ、これぞエンターティメントの怪快作。
 
 語り手は、かの怪拳銃、コルト・バントラインスペシャルで知られた作家のネッド・バントライン。※1
 小説の題材になりそうな人物を求め、西部を訪れたネタ切れ寸前の作家・バントラインが、「シノビ」と名乗る超人的な身体能力を持つ日本人と知り合い、行をともにすることで遭遇する波乱万丈の冒険譚。
 登場する忍者たちは当然ながら全て架空の存在だが、ガンマンたちはドク・ホリディやジェームズ兄弟をはじめ、実在の人物たちが印象的な姿を見せる。しかし、こういった有名人を登場させ、舞台となる西部の町と社会もきちんと考証がなされているものの、それでありながらストーリーがすこしもリアリティに拘束されていないのは、さすが菊地秀行というしかない。
 なかんずく忍者の用いる戦闘技術である「忍法」は、当然、全てその原理の説明は省略され、ただ「できるからできる」式の豪快さで、西部の乾いた風に伝奇の暗雲をはらませて物語を颶風へと暴走させていくのである。さらに語り口は講談調とでも言うべき、メタな視点をはさむバントラインの名調子であり、いや、これもさすが菊地秀行。
 
 以前、「真田十忍抄」でも書いたことだが、この作家の作品はジャンルが何であるのかということはあまり関係なく、ひたすら菊地スタイルの娯楽小説として完成されている。したがって、そのストーリーや、何が面白いのかなどということをクダクダしく説明することの意味は希薄だ。
 菊地秀行だ!
 今度は西部劇だ!!
 この二言に集約された世界が、この一冊の中には広がっているということだ。★2つ。

※1 本作で知ったが、あのバントラインスペシャルというのは実在が疑わしいらしい。

posted by Sou at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書:SF・冒険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする