2016年04月21日

鎌倉ふしぎ話

 鎌倉を舞台にした、東郷隆による奇譚集。
 
全9編
「小物細工の家」
「屋台の客」
「白雨」
「蓮ちゃんの神さま」
「オアシスの声」
「面かぶり」
「木箱」
「スコーネの鰻」
「蜜柑」

 舞台となる時代が戦前から現在、まさに進行中のものまでも含むとあって、いずれも主人公の一人称での語りで綴られたストーリーは、その顔ぶれとして戦時下の鎌倉を知る老人から、スナック勤務の若い中国人女性まで、実に多彩なものとなっている。百物語ではないが、彼らの集った「ふしぎ話」の宴の記録を手にした気分にさせられる短編集。
 こういった作品の場合、物語の印象は語り手の口調のそれらしさに大きく左右されるわけだが、これが実に絶妙。必ずしも流麗ということではなく、訥々として時に躓くあたりまでもが、いかにも語り手のキャラクターをうかがわせて、さらに、その言葉で描かれる、それぞれの目に映った鎌倉の風景が、古都ならではの多様な魅力をみせてくれている。
 
 「小物細工の家」はモダンホラーの雰囲気。怪しい者どもが幽き姿を覗かせるのは、「屋台の客」「蓮ちゃんの神さま」「面かぶり」の三作。ユーモラスな語り口が楽しい「スコーネの鰻」。「木箱」「蜜柑」は敗戦秘史。ある種の都市伝説にも似た、自動販売機にまつわる奇譚「オアシスの声」が個人的ベスト。
 
 全編が独立したものではあるが、できれば続けて読んでその世界に浸ってみた方が、より楽しめるように思う。雰囲気の近い作品として、都筑道夫の「東京夢幻絵図」をちょいと思い浮かべたりした。
 
 職人による手際の鮮やかさ。★3つ半。
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2016年04月20日

本所お化け坂 月白伊織

 魔の眷属を統べる「第六天魔王」の代理人として、破魔の剣・神咒信国を振るい、魔王の支配から脱して人の世に跳梁する、“モノカミ”を討ち捕らえる謎の浪人・月白伊織の活躍を描いた、朝松健による時代連作集。
 
 全3編
「蝿声」
「すみ姫さま」
「汚尸鬼」
 
 なんだかOVAみたいな設定だなあ、と思ったのだが、考えてみるとこれは『ドロロン閻魔くん』だ(笑) あれからお色気要素をさっぴいて菊池秀行の雰囲気を少々加えるとこういう感じかな、というところ。
 伝奇アクションなどと呼ばれるこのジャンルでは、一種完成されたフォーマットのひとつでもあると思うのだが、舞台を文化文政年間の江戸にとったところが作風にぴたりと合ったようで、現代物ではやや気にかかる説明的で生硬な独白や、大時代がかった呪文も、この世界では主人公とその相棒の超人性を印象付けるのに最適なものとなっている。
 また、漆黒の刀身を持つ名刀、敵役となる零落した神・モノカミの存在、第六天魔王の力を現世に引き出す「魔王陣」など、現代風な伝奇もののガジェットと日本古来の妖怪譚に西欧風オカルティズムの隠し味が加えられて、これはなかなかに楽しめる。
 正直なところ、設定紹介の色合いが強い第一話は、ややだれる展開だが、三話の中では最も長い第二話は、実にテンポよく、また、絵の世界に住むモノカミ・すみ姫さまとの戦いは、ちょっと藤田和日郎あたりの作品を髣髴とさせられる、幻妖性とスピードを感じることができた。
 
 PHP文庫の一冊であることと宮部みゆきの江戸物風の表紙から、どうもほのぼのとしたストーリーを想像していたのだが、中身はしっかりとした伝奇アクションであり、「江戸魔界行」とか「月白伊織・斬魔剣」とかいうタイトルにした方が、本来の読者が手に取る可能性は高かったのではないかと思う。私と同様の印象を抱いていた未読の方には、あらためてお薦めなのである。★2つ。
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2016年04月19日

上杉謙信の夢と野望

 上杉謙信という戦国大名について世間一般での評価は、同時代屈指の軍事的才能を持ちながら、人の利欲に疎く、名分にこだわって、ついに覇を打ち立てることなく病に斃れた悲運の武人、というところではないだろうか。
 
 しかし、そもそも「名分」にこだわる、ということは意味のないことなのか。
 本書では、「名分」の由来するもの──室町幕府という旧弊・形骸化したと見られていた統治機構が、実は諸大名に対し、一定の強制力を持つ支配のシステムとして、いまだ、高い機能を保持していたことを各種の事例から証明している。
 このシステムの再生を、謙信とその二人の共謀者が試みた経緯の痕跡を資料から拾い、その上で“義戦”として解釈される、一見、戦略性に乏しいと見られた謙信の征戦の背景に、意外にスケールの大きな戦略構想が存在したことを論じている。これは、ともすれば政治政略に蒙かったとされる従来の謙信像を、一部塗り替えるものでもあるだろう。もっとも、精兵を率い、圧倒的な軍才によって多くの戦捷を得ながら、その大半が成果に結びつかなかったというのも事実であり、この大名が、政治家としては同時代の北条氏康、武田信玄などに比較しては、やはり一歩譲る資質しか持っていなかった、という評価は覆し得ないところではあるが。

 著者がアカデミズムに属する人ではないためもあるだろうか、「戦略家としての上杉謙信」の再評価という主題のみならず、本書では「生涯不犯」などという、世に喧伝されるこの神将の伝説の数々にも独自の論考が加えられ、歴史愛好家の好奇心を満たしてくれる内容がある。全体を通じては謙信ファンの姿勢を感じられるものの、謙信が織田家の宿将を敗走させたと伝えられる「手取川の合戦」の過大評価を戒めるなど、信者的軽薄さは無い。
 
 謙信その人のこともだが、室町幕府の存在を見直すという、こういう視点の戦国歴史入門書は、ちょっと珍しいのではないか。一読の価値はありそうに思う。★2つ。

2016年04月18日

異端カタリ派と転生

 邦語のカタリ派関連書籍としては、岩波書店から出ている「異端カタリ派の研究―中世南フランスの歴史と信仰」が古典的名作としてあるわけだが、これは学術書でもあり、かつ、古書市場に常時流通しているわけでもないようだ。私のような、ただの歴史好きの一般人が読んで楽しむということならば、この「異端カタリ派と転生」が個人的な一推しとなる。
 
 カタリ派に大きな影響を与えたとされるグノーシス主義、およびキリスト教哲学を常に脅かし続けた二元論の代表的宗教としてのマニ教の説明に1章を割いて、地中海世界の思想的潮流からカタリ派成立への経緯を説明し、さらに、その思想にのっとって定義された宗教的生活、戒律の実際、国家間の争闘の場におけるカタリ派の存在とその消長についてなど、1冊でカタリ派の概略と歴史が理解できる入門書として内容を備えている。しかも著者自身が歴史学者ではなく文学者であるところから、難解な専門用語は登場せず、一般人でもとりつきやすいことは格別なのである。
 
 しかし、著者の想定以上に一般人としてもダメな読者である私が、最も関心を魅かれたのは、第7章、および終章である。
 ここではカタリ派が西欧の偽史、オカルティズムにおいて果たした役割について言及されているのだが、これがなんとも怪しげで楽しい(笑) 有名なアーサー王の「聖杯伝説」から、イエスの血脈の伝承、さらにカタリ派最後の拠点であった、モンセギュールの山塞跡に、ヒトラー率いるナチス・ドイツが並ならぬ拘りをみせていたという浮説などは、欧米の伝奇小説を読む上での基礎知識として欠かせない話題をフォローしていると言えそうだ。※1
 やはり、ナチスと異端とオカルトが出てこなくては、伝奇小説がヨーロッパを舞台にする意味はないのではないか(笑)
 
 とはいえ、この本の真価は、二元論というキリスト教世界における決定的な異端思想に焦点をあてたところにあるのだろう。ヨーロッパ世界の深層に思索を巡らせてみる知的意思をお持ちの方にはお薦め。そうではない、私と堕落をともにしたい方々にも、それはそれで充分に楽しめるのでお薦め。★3つ半。

※1 
無論、これらの伝承は、カタリ派がどのように語られ、どのように見られたのか、という文脈の中で語られているのであり、事実としての認定を受けているわけではない。

2016年04月17日

砂漠の薔薇

 奇妙な作品だ。
 ミステリーとは言いつつも、事件とその謎は物語の中において、酷く存在感が希薄なのだ。
 主人公の女子高生・美奈は、犠牲者となった少女・真利子の友人であり、美奈とその協力者である変人の画家・明石尚子は、ともに犯人と思しき人物を追うものの、その“探偵活動”には、なぜか日常生活の片手間感が漂っているのだ。
 ミステリーの登場人物にもあるまじき無気力とも言えるだろう。
 しかし、世界との間に、整えられた言葉で距離をおき、感情をコントロールすることに長けた少女・美奈と、ときにペダンティックな警句を口にする風変わりな中年女性・尚子というコンビにおいては、そのスタイルが、むしろ自然であるように感じられてしまうのである。そして、本筋とは無関係に見える彼女たちの、齟齬とも緊張ともつかないものをはらむ会話と、美奈の、しかし、およそ彼女には似つかわしくもない陋劣な学校生活の風景は、意外にも乖離することないのだ。
 
……と、ここまで書いたところで私は続きの感想を諦めた。
 
 言葉の間に、謎を丹念に紡ぎ込むようにして仕上げられたこの作品は、うかつな説明などをしてしまえば、読む際にその仕掛けのいくつかを損なってしまうことになりそうなのである。事実、ネットで本書の名前を検索してみても、私よりもはるかに知見、識見の高い方々でも、やや曖昧な感想に終始しているようなのだ。
 読むことによって、作者の意図するところにまんまと絡めとられてしまうことを楽しむ、そういう体験読書のための作品なのだと思う。
 
 ひとつだけ付け加えておくなら、本作は謎解きを第一義とする作品ではないように思われる。理由は……これも書けない(笑) が、その意味において、ミステリーとしての評価には、疑問符がつく。
 しかし、本書のラストには、失望はなかった。
 この緻密を究めた物語の中心に置かれた破綻は、輝きを備えている。これはおそらく、私や作者同様、昭和の少女マンガを記憶する世代が、その時代に形成した感性の一部に触れるものを意識させられるからではないか。そして、この表紙を一見して受けるイメージとは、これは相当に異なるものでもある。※
 
 ラストの受け止め方次第で、評価が大きく別れそうな作品だ。★3つ半。

※正直、この表紙の選択は、作者の作風を知る人間以外の、潜在的な読者を大幅に逃してしまっているような気がしなくもない。もっとも、あとがきにおいて、作者の表紙イラストへの思いなどを読むと、アートというものを理解できない私は、なんとなく納得してしまったりもするのだが。

2016年04月16日

トマソンの罠

 とり・みきによる、トワイライトな短編集。
 
全8編
「トマソンの罠」
「エリート」
「鰐」
「渋谷の螺子」
「コインランドリー」
「雪の宿」
「帰郷」
「石の声」
 
 日々の生活の中で、かすかに聞こえてくるノイズのような「違和感」の存在。ふと気にかかり始めたそれを追っていくと、いつのまにか見慣れた景色が黄昏の中に消えて、突然に底の見えない谷間が眼前に開く。
 
 凡庸な説明だが、表題作をはじめとして、ここに収められている作品のいくつかは、そんな印象を私に与えてくれた。
 「エリート」や「雪の宿」など、民俗学的な主題を扱ったものもあり、プロットはむしろ幻想譚の領域に立っていそうでもあるのだが、作者の視線が捕らえた、現代の街の景観、社会の風俗が、充分に紙上に再現されているために、私たちの世界に尚、しっかりと片足を残して、一種都市伝説的な怪談の興趣をもたらしている。もっとも、時代をきっちりと切り取りすぎたがために、女性のファッションなどを観ると、どうにも中途半端な懐古気分に満たされてしまう側面があるのは、これは止むを得ないことだろうが。
 コミカルな「鰐」「渋谷の螺子」は、例外的に気の休まる作品、また、巻末の「石の声」は、作者の代表的長編伝奇漫画「石神伝説」の序章的短編。そのオープニングは、モノクロの漫画という特色を充分に生かして、60年代の円谷作品をほとんどの同世代に想起させてくれそうだ。
 
 活字の作品を読み終えたような、そんな読後感が残るのも独特である★2つ半。

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2016年04月10日

血引きの岩

 星野之宣が、ホラー誌をメインに発表した連作4編と短編2編。

「血引きの岩」
「黄泉の渦」
「日狭女」
「血反玉」

「マレビトの仮面」
「土の女」

 黄泉のモノの現世への来寇、というのは神話から引き継ぐ恐怖の古典モチーフだが、本作もイザナミ神話をベースにした、その星野バージョン。
 
 さて、星野之宣といえば、まず画力の高さだ。それは、たとえば本書の表紙でも歴然である。
 巨石の向こうからのぞく手──大胆に過ぎる構図であり、これで一枚画として押すことのできる画力の持ち主が、現在の漫画界にどれだけいるだろうか?。並みの漫画家では、描くことのできない表紙なのである。
 しかし、この画力は反面、高いリアリティを描写の対象に与えてしまうため、怪異や邪悪なものに実体的な質量を備えさせてしまい、超自然的の存在と感じさせない恨みがある。加えて、伝奇物に必須の強引な神話・歴史解釈などは、そのつくりものらしさが目立ってしまうのも辛いところだ。
 
 とはいえ、この傑出した画力によって描かれる世界が緊張感を伴わないはずはなく、展開のスピーディであることと相まって、ホラーというよりはモンスターパニックものに近い味ながら、いかにも星野らしいカタストロフの世界は現出している。近作では、相当に白っぽい画も見られるものの、本作では描きこみも相応にあり、伝奇的な小道具の使い方と、ジャンルの演出として意欲的なショックシーンの見せ方もある。
 
 宗像教授のシリーズよりは、作品世界の中でアイディアに一貫性があり、連作としてのまとまりは良いように思う。しかし、やはりこの人のホームは、宇宙か海洋ものかな、と思うのも事実なのだが。★2つ。
posted by Sou at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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