2016年07月22日

残穢 −住んではいけない部屋−

 原作はここ数年内の怪談小説中の個人的ベストである小野不由美作品。その映画化とあって期待と不安の半ばするところでの鑑賞となった。
 
 不安の大きなものは、この原作はあまり映像化に向いた作品とは思えないこと。
 なにしろ、導入部の「箒の音」を除いては怪異の様子をほとんど描かず、主人公の視点で集めた情報を組みたてていくことで、その輪郭を浮かび上がらせる、活字による表現を活かした物語なのだ。要は恐怖の「姿」は読み手の想像力に拠っているのである。
 「リング」にしろ「呪怨」にしろ、成功したホラー映画は、恐怖の対象をしっかりと視覚化している。なんのかのといって、それなしでは難しいジャンルなのだ。しかし、といって今更に90年代のJホラーへと後退して、髪を振り乱した女性を登場させてみたところで仕方が無い。2010年代にふさわしい新たな恐怖の演出が必要なのだ。
 
 この難題に対し、中村義洋監督は恐怖に触れた人々の、より詳細なディティール描写をもって回答とした。
 マンションの先住者である家電量販店の店員、隣人の夫婦、より古い時代の自殺者など、彼らのきわまった憔悴、明らかに心のバランスを崩してしまった表情は、彼らの接した体験の比類の無いおぞましさを、凡百のCGを用いても及ばぬほどに伝えるものとなっている。
 彼らを演じるのはいずれも著名な俳優ではないのだが、それゆえに観る側からの距離は小さく、その日常が壊れることのリアリティの重みは大きい。
 
 もっとも、本作にも露骨に怪異を視覚化したシーンはある。
 しかし、それはあまり精彩も必要も感じられるものではなく、正直なところ抑制した描写で創りあげた作品のトーンを乱してしまっているようにさえ見える。おそらく、このあたりは娯楽作品としての「わかりやすさ」を求められての挿入なのでは、などと邪推してしまうのだが、個人的には不要なシーンだった。
 正直、本作はもっと低予算で、CGなど使えず、ひたすら俳優の演技で見せる作品となっていれば、その方がより私の好みには合ったものとなっていたかもしれないとも思う。
 
 主演の竹内結子は今回は、頭は良いがおっとりとした女性作家という役作り。精神力の強さが前面に出るタイプでもないのだが、容易に恐怖に飲み込まれないところは、ジャンルのヒロインとしては異色だろう。
 夫役の滝藤賢一はもしかして綾辻行人の私物をそのまま借りたのでは、と思うほどに完璧なファッションと外見。佐々木蔵之介が演じる作家・平岡芳明の、徹底した不謹慎ぶりは、本当のモデルとは少々異なるのではないか、という気がするが、ある意味もっとも「怖い人間」としてキャラ立ちしていた。
 
 
 近年低調な邦画ホラーとしては、相当の傑作というのが個人的な評価。恐怖を観客に伝える演出の、新しくもなぜか手堅ささえ感じられる完成度に拍手。★3つ半。
posted by Sou at 20:58| Comment(3) | TrackBack(1) | 映画:ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月19日

幽 Vol.25 特集:人形/ヒトカタ

 怪談の題材としては王道か、今号の特集は「人形/ヒトカタ」
 
 冒頭のフォトストーリー「そこは、わたしの人形の」は皆川博子と人形作家・中川多理のコラボレーション。
 現役幻想文学者中の第一人者による文章は、その文字数によらない世界の広がりを感じさせてもらえるもの。
 また、中川の手になる人形は、いずれも憂愁を刷いた表情が印象的。中川自身が本書中のインタビューで語る、創作の経緯も興味深い。
 
 同じく特集枠のインタビューには、山岸凉子が登場。
 人形がらみの怪談話がメインだが、こちらは実話とは言え、あまり印象に残っていない作品なのでやや物足りず。個人的にはこの作者の怪談と言えば、オールタイムベスト3には確実に入る「汐の声」あたりの創作秘話があれば聞いてみたかったところ。
 
 綾辻行人の「球体関節人形の魔力」と、京極夏彦による「人形は、なぜ怖いのか」は、両作家の視点と文化的な知識の獲得という、一種ペダンティックな文章で、もう少しエッセイ寄りの文芸的な文章でも良かったかと。そういう意味では、よりアカデミックな側からの明快なアプローチである、大道晴香のオシラサマ信仰についての論考などの方が、素直に楽しめたような気がする。
 
 連載小説のなかでは、京極夏彦の「虚談 ベンチ」が、スペクトルマンのプラモデルの話題などというリアル昭和40年代の世相を描写しつつも、灰色にくすんだ記憶の隘路に踏み込む物語。いや、この完成度でこういう同世代ネタを書いてしまっていいのか、とは思うものの、ネットの普及以降は、時代の流行などは読み手が検索してみればわかるわけで、そういう意味では読み継がれる小説の中での小道具の扱いというのも、変わってきているのかも知れない。
 
 同じく連載小説中では、恒川光太郎の「死神と旅する女」が良い。
 怪談というよりは常のように幻想小説であり、一部現代史の史実をなぞった展開は、作品の空気になじまないところもあったのだが、この作者の作品ならではのかすかな悲愁と吹き抜ける読後感は、本作にも健在。
 
 近藤史恵の「震える教室 いざなう手」は、偶然だろうが山岸凉子作品に登場しそうなバレリーナを目指す少女たちの遭遇する怪異。かなりストレートな怪談にして、しっかりと怖い。ただ、あまり怪談ジャンキーではない若い女性向きなのか、本誌の連載陣にあってはやや薄味な印象も残る。もう一二歩、陰惨に踏み込んでくれても、とも。
 
 朱野帰子の「藁人形」
 これはもう、女流怪談の王道。こういう作品は男性作家が描いても、どうしても嘘くさくなってしまう、女性の心の暗部をのぞきこむ一話。
 
 
 怪談実話では、藤野可織の「私は幽霊を見ない」が“おひっこし”新連載。
 “おひっこし”というのは休刊になったMeiからの、ということだろうか。一人称で語る作者の実体験なので肌に迫るものがある……かというとそうでもなく、相当にゆるい。というか、笑いを取りに来ている。
 ただまあ、そのゆるい日常こそが、対比となって……ということが今後あるのかどうか、とりあえず期待。
 
 
 ところで、本書で知ったのだが「ぼぎわんが、来る」の澤村伊智の新作「ずうのめ人形」が7月28日発売とのこと。26日には三津田信三の「怪談のテープ起こし」という、これもタイトルだけで購入決定作品が出るわけで、楽しみな月末になりそうだ。

 尚、今号には小野不由美の「営繕かるかや」が載っていなかったので、少し気落ちした結果評価の★は2つ半くらいとなった。
posted by Sou at 20:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書:怪談・ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする