2016年08月28日

景徳鎮からの贈り物―中国工匠伝

 陳舜臣による、中国史を舞台とした工匠たちの物語。
 
 全8編
「金魚群泳図」
「挙げよ夜光杯」
「波斯彫檀師」
「景徳鎮からの贈り物」
「墨の華」
「景泰のラム」
「湖州の筆」
「名品絶塵」

 文庫本の初版は1984年と、30年以上昔の作品になる。
 しかし、歳月によって古びてしまったとは、ほとんど感じさせられることがない。
 熱っぽい文章ではなく、淡々としながら、しかし佳境に入れば、ピンと張り詰めたものがみなぎって、何時の間にか登場人物の気持ちに同調させられてしまうのである。
 中国史と一口に言っても日本人に馴染みのある時代ばかりではないのだが、「湖州の筆」を除いては、いずれも作者の身辺雑記的な話題から始まって、簡明に工芸品・美術品の歴史と背景を語り、そこから慣れた筆で過去の世界に誘導されるために、読み慣れない固有名詞の頻出する時代小説といえども、その敷居はごく低い。
 また、歴史小説にありがちな、大仰な言葉を登場人物に使わせたりしないのもこの作者の特徴だが、それでいながら重厚な歴史知識は、小手先の演出では醸し出せない味わいを小説に与えており、どうも熟練の筆、といったところだろうか。田中芳樹や井上祐美子といった、中国史を題材とする作家たちがそろって表明する作者への敬意は、ただ先行者という理由のみではないことが納得できる一冊だ。
 
 名工匠による超人的な技巧について記した物語ばかりだが、奇跡譚の類ではなく、また、血涙の滲む修行の物語でも無く、天下に屈指の特殊な技能を持つ人々の、その技能への傾倒を生み出したきっかけとなるドラマを綴った物語。
 
 清朝末期の西域を舞台に、心ならずも反乱勢力の下で働かざるをえなくなった刺繍の名手・張晋渓が、自身の知略と卓越した技能によって、その境遇からの脱出を試みる「金魚群泳図」が★3つ、他は2つ〜2つ半、というところ。
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2016年08月25日

コルトM1851残月

 月村了衛による、江戸時代を舞台としたノワール小説。第17回大藪春彦賞受賞作。
 
 19世紀半ばの江戸は、同時代の国際水準を越える治安を確保してはいたものの、警察の能力は尚、現代とは比較にならず、その一方で長期の政治的安定下にあって、経済システムは緻密なものに成長を遂げていた。これは要するに、経済的組織犯罪者を生み出す環境が整っていたということであり、となれば、それはノワール小説の舞台としては、まことに好適な時代であったということだ。
 
 主人公の「残月」こと郎次も、表向きの家業は廻船問屋の番頭である。
 しかし、抜荷の采配がその本業であり、必要とあれば荒事にも手を染め、しかもけっして容赦はせず、加えて「仲間」であるはずの札差儀平の身内も、およそ心を許す相手ではなく、常に出し抜き、蹴落とす機会をうかがうだけの存在である。
 もう少し信頼できそうな情報屋程度はいても良いかも、と思うのだが、本作ではそういった甘さは排除され、殺伐としたやりとりに終始する。しかし、その徹底こそが、その疾走の果てに生まれる人とのかかわりに、鮮明なコントラストを与えている。
 また、ストーリー展開の、予見することが難しいにもかかわらず、読んでみれば、なにひとつ娯楽作品のあるべきかたちから外れていない感というのも舌を巻いてしまうもので、うーむ、月村了衛ってすごいなあ、としか言いようがない。

 敢えて個人的な好みの別れそうな部分を言うならば、このジャンルにしては、文章に妙な癖や凝り方がなく、柔らかく読みやすい印象があるのだが、反面、この文体が、クライマックスの重量感や圧力を、ほんの半歩、控えめにしてしまったようにも感じられた、という程度だろうか。
 とまあ、このくらいは書いておかなくては「面白い」だけで終わってしまう。
 ことほど左様に、これは真正面から面白い小説なのである。★3つ。

2016年08月22日

マッドネス・ヒル

 本作の監督G・キャメロン・ロメロの父親は、実はかのジョージ・A・ロメロ。
 父親と同じ仕事、しかも同じジャンルを選択しているのは“血”というもののなせる業なのだろうか。もっとも、題材に選んだのはさすがにゾンビものではなく、しかし、それ以上にアメリカンホラーの王道とも言えそうな「田舎ホラー」だ。
 
 1969年、ヴァージニア州の山林地帯。
 ワシントンへのヒッチハイクを楽しむ若者たちを乗せたトラックが、山中のバイパスルートにて故障する。
──丘を越えていけば、平行して走るもうひとつの幹線道路に出られる。
 トラックのドライバーに先導されて、山林に入る5人の若者。崩れつつある空模様を気にしつつ山中を急ぐ若者たちの視界に、一軒の農家が現れる……。
 
 まあ、タイトルからしても、そしてタイトルを見なくてもわかってしまう、この農家はやっぱりちょっとアレな家族の棲家なわけである。
 たんぱく質の補給には“旅行者”が一番、という食へのこだわりと、敬虔な信仰心の持ち主であるところはこの手の家族のお約束だが、類作とは些か異なり、彼らはそこそこに身奇麗であり、一見したところはありきたりの田舎の家族で、ごく普通にコミュニケーションをとって、たとえばその農家でお手洗いを借りたりすることも可能なのである。
 これは、食人者たちがフリークスという域をも通り越してモンスター化した『クライモリ』シリーズなどにあるような、笑いながら観るホラーに必須の、底の抜けた恐怖を排しているということでもある。つまるところ、より実話風の、グロテスクな厭らしさを感じさせられる方向に進んだ作品となっているのだ。
 
 さて、それは成功しているのか、と言えばまあそこそこ、というところか。
 網状の血管が透けて見える死体の皮を剥ぐシーンなど、結構にゴアなカットも盛り込まれてインパクトもまずまず。ストーリーの方も無難にまとまり、そこそこの予算で作成されたのだろう、大きな穴のない平均的な仕上がりという印象だ。
 ただし、やや盛り上がりに欠け、見終わった後に趣味を同じくする友人に語りたくなる類の、記憶に強く残る内容には、乏しかったように思われる。
 
 因みに、これも定番どおりにマザコンである殺人鬼の登場するこの作品を、監督は自身の母親に捧げている。プレゼントにもいろいろあるものではある。★2つ。
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2016年08月21日

家政婦トミタ

 幸せな家庭にやってきた、優秀な家政婦さん。さて彼女の正体は、というまあ隠してみても隠しようのないような素直なストーリー。だが、意外に面白い。

 本書の作者の高田侑は、第4回ホラーサスペンス大賞の受賞者。
 ホラーといえば、どうしても若者向けの印象があるが、この作者のペンはデビュー当初から奇妙に老成したところがある。超自然的な怪物よりも市井のエゴイスト、ことに金銭欲に憑かれた人物は、平山夢明や福澤徹三に劣らぬ、しかも、美意識の欠片も無い、あきれるほどに薄っぺらでグロテスクな個性として描きあげる。
 これは、作者の卓越した人間観察能力が活かされたものだろう。
 いや、実を言うと本書に限って言えば、「それだけ」という感もないではない(苦笑)
 ストーリーにはこれというヒネリもなく、ほとんど一本道で意外性もない。加えて、タイトルからも明らかな通り、読み手に特定のキャラクターを想起させることも計算においているだろう。これはやや安直にも見えることは否定できない。
 しかし、それで退屈する、というものではないのがこの作家の筆力なのだ。
 一人一人の登場人物が、その役どころとしてはパターン通りながら、現実の人間が持つ細かな心の揺れや人間的な癖、美点と欠点、そういったものをしっかりと与えられて造形されているために、その展開さえもおよそ見通せる筋立てにも、退屈するところ無く付き合うことができるのである。
 言ってみれば、平凡な脚本家による新鮮味の無い脚本を、一流の演技力を持つ役者が演じたドラマのようなもので、未知のものとの遭遇による驚きを期待して読むべき作品とはなっていないが、一定の時間を楽しむための娯楽小説としては、たしかな水準をクリアしていると言えそうに思う。
 
 付言しておけば、作者にストーリーテーラーとしての力が無い、ということではない。
 少なくとも、『うなぎ鬼』や『汚れた檻』などを読む限りでは、そちらの実力についても間違いはない。それらと比較しては、本作への評価は少々落ちる、というだけのことである。
 リアリティのあるノワールな世界が好きな読者ならば、気に入る作家なのではないだろうか。★2つ。
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2016年08月20日

踏み切り

 
 2006年に制作された映画なので、本来ならばその翌年あたりには輸入されていても不思議ではないのだが、どういうわけか発売は2011年末。どうしても地雷感が強く漂うところなのだが、感想としては意外な拾い物というところ。

──大規模な鉄道事故で、スクールバスに乗った小学生が犠牲になったその踏み切りでは、ギアをニュートラルに入れた車が停まると、亡くなった子供たちが後ろから車を押し始める。
 そんな都市伝説の残る街に移り住んできたヒロインは、麻薬の事故で恋人を失い、自身も薬物矯正経験を持つ少女。しかし、やさぐれたキャラというわけではなく、むしろ過去の行為に誰よりも深い後悔をいだいており、その心のゆれが、本作ではB級ホラーらしからぬ丁寧な演出で描かれている。 
 また、面白いことにこの作品では、恐怖の主体は不活発だ。
 言わば“踏み切りの自縛霊”であるそれは、主人公たちを監禁することも、チェーンソーを振り回して追いかけてくることもできない。しかし、それでもちょっとした仕掛けによって主人公とその周辺に鮮血はしぶくのだが、そう導入するあたりの工夫が、この作品の肝だろう。
 といっても、凝ったものではなく、さらに独創性にも乏しいのだが、そこにはかっての名作ホラーへの、リスペクトが感じられる内容があり、さらに注意を凝らしてみれば、名作に通じるモチーフはあちらこちらにアレンジされて、本作の製作者たちがこのジャンルに愛着を持っている人々であることが見て取れる。
 
 率直に言って、現代のホラーとしてはたたみかける迫力にも、映像の刺激性にも乏しいし、といって見終わった後に感動が残ったりするわけでもないものの、安直なモンスターのキャラクター仕立てでシリーズ化を狙わない、姿勢の潔さには好感が持てる。ただし、飽くまでこのジャンルを愛する人向きの作品で、特にホラー好きではない人にとっては、ややヌルい作品、としか感じられないかも知れない。
 
 ちなみに、DVDのジャケットは恐ろしく低予算作品めいているのだが、作品の方はなんとか劇場公開しても不思議ではない程度のお金はかかっていそうだ。一応、ルー・ダイアモンドとかも出演していることだし。★2つ半。
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2016年08月19日

深夜倶楽部

 都筑道夫による連作怪奇小説集。
 
 全7編
「死びと花」
「鏡の国のアリス」
「姫はじめ」
「狐火の湯」
「首つり御門」
「幽霊屋敷」
「夜あけの吸血鬼」

 岡本綺堂の代表的な怪談小説集に、「青蛙堂鬼談」がある。
 青蛙堂主人なる人物がホスト役を務める怪談会のスタイルで、様々な話者によって、多様な鬼談が語られる、という作品なのだが、本書はその綺堂をモダンホラーの書き手として高く評価する都筑道夫による、都筑版「青蛙堂鬼談」。
 
 ……というところではあるのだが、実は本書の各話はややページ数が多すぎて、いまひとつ構成にかっちりとしたところが感じられない。加えて、男性向けの娯楽誌風の描写が各編ごとに盛り込まれているので、ストーリーから浮いてはいないものの、怪談を楽しむ目的にあっては、やや雑味が混じる。
 本書の中でも、登場した著者自身が語るように、怪談は本来短編のものだということなのだろう、この7編の中でも、さらに細かなエピソードをいくつか連ねたスタイルのものの方に、精彩が感じられてしまうのも、そのためなのだろう。
 
 それでも不必要に構えたところのない、きりりとした簡潔な文章で、しかし、現実と幽冥のあわいを往還する筋立ては、さすがはマイスター都筑、の実感がある。その典型は本書の第一作目、北陸の旧家で、旧友から奇妙な「演技」の依頼を受けた役者の過ごす一夜を描いた「死びと花」。
 より短いエピソードでは、「姫はじめ」の中のひとつ、好条件のアパートに入った売れない講釈士の、薄気味の悪い体験の顛末が、いかにも綺堂風で秀逸。
 
 ストレートに恐怖や超常現象を押し出すのではなく、不分明ながら「悪いもの」に触れてしまったという灰色の記憶を描いた物語ばかりで、20年以上昔の初版ながら、手垢のついていない印象はある。★2つ半。
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2016年08月18日

前夜の航跡

 第22回日本ファンタジーノベル大賞受賞作に、「哭く戦艦」の一話を加えたもの。
 「入神の技」を持つ若き仏像彫刻師・笠置亮佑が、太平洋戦争前夜の帝国海軍に続発した「怪異」に関わる、玄妙かつ不可思議なエピソードの数々。
 
 全5話
「左手の霊示」
「霊猫」
「冬薔薇」
「海の女天」
「哭く戦艦」
 
 狭義の「ファンタジー」に分類される作品には、あまり食指を動かされることがない私なのだが、戦前の海難事故といういささか殺風景な史実を、ファンタジーの題材としてどのように料理し、ストーリーに取り込んでいるのか、というところに関心を覚えて購入してしまった一冊なのである。
 さて、その出来は、と言うと……実はいささか微妙なのである。
 
 作者の文章は、いかにも丹念に紡ぎ上げられたもので、印象に残る華麗な文章はみあたらないものの、危なげの無い安定感を備えている。また、帝国海軍の心霊特捜機関「丁種特務班」に所属する、芹澤大尉などの登場人物にも、魅力と個性は感じられる。
 しかし、残念なことに、それだけで次の頁をめくる手が止まらなくなる、というほどの強力なものではない。そして、これは私が狭義のファンタジーよりも、ホラー、怪談に嗜好の偏る読み手であるからなのだろうが、たとえばあまりに古典的なジェントルゴーストストーリーである「冬薔薇」などは、その物語そのものがどうにもこうにも大人しすぎるという印象が否めないのだ。好みの問題と言えばそれまでなのだが、もう少しヒネリが加わっていればな、というのが率直な感想なのである。
 
 収録作の中では、やはり支倉大佐と芹澤大尉のコンビが登場する「左手の霊示」と「哭く戦艦」が楽しく読める。殊に前者の冒頭、導入部の文章は丁寧で味わい深い。また、海難事故の現場を詳細に、しかし男性的に描写した「霊猫」「海の女天」は、ノンフィクションに近い迫力の感じられるところでもあった。
 
 ちなみに、影山徹の表紙も素晴らしいが、脳裏に浮かんだ登場人物は、森川久美風であったりした。私にはそういう印象が残った作品である。★2つ。
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2016年08月17日

バベル島

 若竹七海による、多様なスタイルのホラーを一冊に集めた短編集。
 
 全11編
『のぞき梅』
『影』
『樹の海』
『白い顔』
『人柱』
『上下する地獄』
『ステイ』
『回来』
『追いかけっこ』
『招き猫対密室』
『バベル島』

 本書に収録された諸編は、1993年から2000年までの八年間に各誌で発表された作品で、それぞれのスタイルは極めてバラエティに富んでいる。これは、作者の世界にどっぷりと浸りたい読み手には、やや深度の不足を感じさせてしまうかもしれないが、私のように一見に近い読み手にとっては、その多様なフィールドを確認できる最適な一冊となっていた。
 その中でも印象に残ったものは、以下の4編。 
 半世紀前の殺人に由来する、旧家の因縁とタブーを描いた『のぞき梅』
 評判の良くない隣人宅に見える奇妙な人影の謎を、実話怪談風に綴る『影』
 ユーモラスな語り口からは想像もつかない結末を迎えるサイコホラーの『ステイ』
 そして、なにやら橘外男か香山滋あたりによる戦前の海外奇譚小説の趣がある『バベル島』。
 
 シリーズ作品のキャラクター登場もあるので、ファンにとっては楽しめそうであるし、描写に粘着性のない、しかしキレの利いたタイプのホラーを好む人にもお薦め。★2つ。
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2016年08月16日

トゥルー・グリッド

 J・ウェインの『勇気ある追跡』と、同じ原作による2010年度アカデミー賞10部門ノミネート作品。

 ストーリーは、娯楽作品の王道たる仇討ち。
 父親の仇のガンマンを、追うは14歳の少女、助太刀役は腕利きのガンマン。
 数々の困難を乗り越えて、本懐を遂げたあかつきに、二人の間には淡い感情が芽生える……という展開にならないのは、実はその助太刀役は、腕利きではあるものの還暦に近いかと見える保安官であり、少女と並んでは恋人どころか祖父と孫娘にしか見えない年齢差があるからだ。
 したがって、この物語にはロマンスはなく、それに代わって描かれるのは男たちの父性的な愛情、そして、老境にいりながら尚、少年のような負けん気を持つ老保安官に与えられる、少女からの母性的愛情だったりするわけである。その描写は、通り一遍のロマンスよりも、よほどに優しく微笑ましい。
 
 そして、恋愛の要素を排したとはいえ、この作品はお子様向けになっているわけではない。
 たしかに、コミカルな件はあるものの、子供に本来は見せるべきではないはずの縛り首のシーンなどもしっかりあって、現実の西部を過剰に無菌化しない節度を維持している。
 また、筋立てそのものはオーソドックスで、敵味方の色分けもはっきりとしている反面、敵役の人物も特別に悪逆非道なキャラクターではなく、法を犯すのも生活のため、と諦めを半ばに抱いている様子がある。その一方、助太刀役の二人はともに元南軍兵士であったことに誇りを抱き、しかもコグバーンは、歴史的には虐殺者として名高い人物の肩を持つなど、型どおりの正義漢でも聡明な人物でもなく、むしろ固陋な人物であることを見せるなど、キャラクターに与えられた陰影も、それなりの複雑さを備えている。
 
 とは言え、大衆的な娯楽作品としてのセオリーは外していない。
 素直に少女の健気さに感心し、老ガンマンの、ここぞというところでの活躍に拍手をすることができる。惜しむらくは、あまりに真っ当に出来が良くて、感想を書いても褒めるところしかないのが面白くない。やはり、あちらこちらに無理や破綻が見えるB級作品の方が、私には感情移入しやすいようだ。
 
 大人から老人までが楽しむことの出来そうな、良質の西部劇。★3つ。

2016年08月15日

怪談のテープ起こし

 本書は、本来は別個のストーリーとして発表した短編6作を、出版に至るまでに編集部で起きた(とする)奇怪な事件を「幕間」としてはさみ、各編のメタにあたるひとつの物語を構築し、浮かび上がるものを描いている、やや特異なスタイルの“短編集”。

序章
「死人のテープ起こし」
「留守番の夜」
幕間(一)
「集まった四人」
「屍と寝るな」
幕間(二)
「黄雨女」
「すれちがうもの」
終章
 
 怪談には二種類ある。
 怪異の原因がその結果に結びつき、物語の全貌が鮮明に見渡せるものと、怪異と結果の因果関係が不明であり、ときによってはその詳細がわからないものだ。前者は、おそらくは仏教説話などに原型がありそうな、不徳や不信心が招く応報的な惨事。後者は、これは中国の志怪書の類だろうか。ただ理不尽に遭遇してしまう災禍。
 
 三津田信三の怪談は、といえばこれは後者に分類されるように思う。因果関係はシンプルに直結しておらず、ストーリーをジグソ−パズルに例えるならば、そのあちらこちらには欠けたピースが存在する。
 しかし、そのピースの周辺は、欠落部に暗澹とした予測のみしか許さない、巧妙に設えられた、禍々しさを備えているのだ。
 
 本書の諸編もそういったスタイルで、怪異は常に不鮮明であり、ときには「偶然」という解釈さえ成り立たなくはない。しかし、そのような「偶然」を肯定しえない理性は、それゆえに「ゆるぎ」を覚えさせられる。
 以下、簡単に6編の感想。

 「死人のテープ起こし」は、自殺者が残したテープを聞く、という最悪の企画を実行する傲慢なライターと作者とのやりとりから生まれた、実話怪談の趣の強い一編。生活感の希薄なキャラクターが多い三津田作品にあって、本編で描かれる人物は、やや例外的なべたついたリアリティがある。

 「留守番の夜」は、一転して英国の怪奇小説の翻案めいている。
 桁外れの資産家宅で、若い女性が過ごす恐怖の一夜。設定自体はオーソドックスながら、怪異とそれに遭遇するまでの出来事は、どこか異世界めいた、我々の理とのズレを含んだもの。とはいえ、ラストはしっかりと怪談なのだが。
 
 「集まった四人」は、顔を知らぬもの同士が参加する登山の体験談、という、これも日本よりも海外の小説でありそうな設定。ただし、彼らを待つのは、我々が習俗の中に知り、忌避を心がけるものであったようだ。

 「屍と寝るな」は薄気味の悪さでは随一。
 作者の同窓会風景から幕を上げる実話怪談風の導入部だが、しかし、中国の古い怪談集にありそうな、朦朧とした灰色の記憶の中で語られる、人ならぬものとの接触による悪夢の物語。入れ子式に語られる、不吉で陰々としたエピソードの数々といい、本書中ではもっともストレートに怪談らしい一編。
 
 「黄雨女」は、前述の三津田怪談のスタイルの典型。
 黄雨女という言葉のフックが機能して引っ張られるストーリーだが、あちらこちらで齟齬が生まれ、また、収まりのつかない部分が残るところが、否応なく暗い想像を招く。
 
 「すれちがうもの」は、日常の中から生まれる現代的・都会的な一編。
 若い女性を主人公にした、都市伝説めいたモチーフ。本書の中では意図的な不整合は削られ例によってピースの欠落はあるものの、ややあっさりな展開。もう少し濃いところを期待したかったな、とも。
 
 カラーの異なる作品が一冊になっているので、誰が手にとっても好みの一編はありそうだ。ただ反対に、これはどうも、というのも混ざってしまいそうではあるけれども(笑)
 とはいえ、現代日本を代表する怪談作家の新作である。無論、買いで★3つ。

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