2016年08月25日

コルトM1851残月

 月村了衛による、江戸時代を舞台としたノワール小説。第17回大藪春彦賞受賞作。
 
 19世紀半ばの江戸は、同時代の国際水準を越える治安を確保してはいたものの、警察の能力は尚、現代とは比較にならず、その一方で長期の政治的安定下にあって、経済システムは緻密なものに成長を遂げていた。これは要するに、経済的組織犯罪者を生み出す環境が整っていたということであり、となれば、それはノワール小説の舞台としては、まことに好適な時代であったということだ。
 
 主人公の「残月」こと郎次も、表向きの家業は廻船問屋の番頭である。
 しかし、抜荷の采配がその本業であり、必要とあれば荒事にも手を染め、しかもけっして容赦はせず、加えて「仲間」であるはずの札差儀平の身内も、およそ心を許す相手ではなく、常に出し抜き、蹴落とす機会をうかがうだけの存在である。
 もう少し信頼できそうな情報屋程度はいても良いかも、と思うのだが、本作ではそういった甘さは排除され、殺伐としたやりとりに終始する。しかし、その徹底こそが、その疾走の果てに生まれる人とのかかわりに、鮮明なコントラストを与えている。
 また、ストーリー展開の、予見することが難しいにもかかわらず、読んでみれば、なにひとつ娯楽作品のあるべきかたちから外れていない感というのも舌を巻いてしまうもので、うーむ、月村了衛ってすごいなあ、としか言いようがない。

 敢えて個人的な好みの別れそうな部分を言うならば、このジャンルにしては、文章に妙な癖や凝り方がなく、柔らかく読みやすい印象があるのだが、反面、この文体が、クライマックスの重量感や圧力を、ほんの半歩、控えめにしてしまったようにも感じられた、という程度だろうか。
 とまあ、このくらいは書いておかなくては「面白い」だけで終わってしまう。
 ことほど左様に、これは真正面から面白い小説なのである。★3つ。

2016年08月13日

二日酔い広場

 都筑道夫によるディティクティブ・ストーリー。
 本書は私が大学生であった時代に購入したものだ。初版第一刷は昭和59年12月10日、再読は多分、10年ぶりくらいになるだろうか。
 
全7話
『風に揺れるぶらんこ』
『鳴らない風鈴』
『巌窟王と馬の脚』
『ハングオーバー・スクエア』
『濡れた蜘蛛の巣』
『落葉の杯』
『まだ日が高すぎる』

 主人公の久米五郎は50歳を目前とした、中年の私立探偵である。
 妻と娘を交通事故で失い、刑事の職を辞して私立探偵を開業している。荒事に勇躍飛び込むタフガイというわけではないし、危険な香りを漂わせる美女とからむわけでもない。東京の下町を主な仕事場所として、日本の私立探偵が手がけそうな、ごくごく現実的な調査業務に携わる「生業としての探偵」である。
 
 こういう人物が遭遇する事件であるから、それは依頼者の生活に根ざしたものが多い。
 親子、兄弟、夫婦、その関係の齟齬が、どこかでかたちを持ったとき「調査対象」として主人公の元に持ち込まれる。……と説明すると、長い年月の間に凝固した互いの憎悪が云々、という種類の家庭内対立を想像されてしまいそうだが、さにあらず。
 この作品に登場する問題の原因は、より小さな思惑のすれ違いにある。
 それは配慮や、二者間の異なる部分でのコンプレックスといったものなのだが、それが単純に相手への憎悪へと変化することなく、様々なものへと屈折する。必ずしも詳らかにならず、むしろ理解できない部分が残るそれは、しかし、それでいながら、どこかしら首肯しうる気持ちの筋道というものが見えるようでもあるのだ。
 この煮え切らなさは、ミステリーとしては満足の行かないものと感じられてしまうかもしれない。しかし、人の世には「そういうことはあるだろう」と、理を越えた部分で肯わせる小説としての味があるように思われるのだ。
 
 尚、驚くべきことに、この小説にはヒロインが存在しない。
 いや正確には桑野未散という、若い女性が主人公の調査を手助けするのだが、彼女にとっての主人公は、あくまで人生の先輩であり、また、主人公にとっても、彼女は事故死した娘の面影を重ねる相手なのである。最初に本書を読んだ際は、私は作中の最小年齢の登場人物に近く、この辺りの感覚はよくわからなかったが、主人公の年齢を過ぎた現在は、探偵を自分と同い年とした作者の気持ちが、なんとはなく理解できるような気にもなっている。★3つ。

2016年04月17日

砂漠の薔薇

 奇妙な作品だ。
 ミステリーとは言いつつも、事件とその謎は物語の中において、酷く存在感が希薄なのだ。
 主人公の女子高生・美奈は、犠牲者となった少女・真利子の友人であり、美奈とその協力者である変人の画家・明石尚子は、ともに犯人と思しき人物を追うものの、その“探偵活動”には、なぜか日常生活の片手間感が漂っているのだ。
 ミステリーの登場人物にもあるまじき無気力とも言えるだろう。
 しかし、世界との間に、整えられた言葉で距離をおき、感情をコントロールすることに長けた少女・美奈と、ときにペダンティックな警句を口にする風変わりな中年女性・尚子というコンビにおいては、そのスタイルが、むしろ自然であるように感じられてしまうのである。そして、本筋とは無関係に見える彼女たちの、齟齬とも緊張ともつかないものをはらむ会話と、美奈の、しかし、およそ彼女には似つかわしくもない陋劣な学校生活の風景は、意外にも乖離することないのだ。
 
……と、ここまで書いたところで私は続きの感想を諦めた。
 
 言葉の間に、謎を丹念に紡ぎ込むようにして仕上げられたこの作品は、うかつな説明などをしてしまえば、読む際にその仕掛けのいくつかを損なってしまうことになりそうなのである。事実、ネットで本書の名前を検索してみても、私よりもはるかに知見、識見の高い方々でも、やや曖昧な感想に終始しているようなのだ。
 読むことによって、作者の意図するところにまんまと絡めとられてしまうことを楽しむ、そういう体験読書のための作品なのだと思う。
 
 ひとつだけ付け加えておくなら、本作は謎解きを第一義とする作品ではないように思われる。理由は……これも書けない(笑) が、その意味において、ミステリーとしての評価には、疑問符がつく。
 しかし、本書のラストには、失望はなかった。
 この緻密を究めた物語の中心に置かれた破綻は、輝きを備えている。これはおそらく、私や作者同様、昭和の少女マンガを記憶する世代が、その時代に形成した感性の一部に触れるものを意識させられるからではないか。そして、この表紙を一見して受けるイメージとは、これは相当に異なるものでもある。※
 
 ラストの受け止め方次第で、評価が大きく別れそうな作品だ。★3つ半。

※正直、この表紙の選択は、作者の作風を知る人間以外の、潜在的な読者を大幅に逃してしまっているような気がしなくもない。もっとも、あとがきにおいて、作者の表紙イラストへの思いなどを読むと、アートというものを理解できない私は、なんとなく納得してしまったりもするのだが。

2016年03月20日

笑う赤おに

 本作は、雀野日名子名義による最新の小説だ。そして現在、作者は別名義を使用した執筆活動に移っているらしい。
 その理由については、作者のBlogに記されているのだが、そういった気持ちの変化も、たしかに感じさせてくれるような社会への視点を備えたストーリーである。
 
 大雑把に説明すれば、地方都市を舞台にしたミステリー……というよりはサスペンス?いやいや、ホラーに分類してもよさそうに思うが、「娯楽小説」として扱うことには、ややひっかかりを覚えなくも無い。
 
 登場するのは、将来の見えない非正規労働者の若者と、経済的には安定しながらも陰湿な感情に満ちた主婦の世界に苦しむ30代の女性、そして家庭内の不和に悩む中年男。
 どこにでもいそうな人々であり、また、それぞれが抱える苦悩も、ことさらにデフォルメされた悲惨ではないのだが、なんとも息苦しく、希望が見えない。
 彼らが抱える諸問題は、単なる「舞台装置」などではなく、日本のあちらこちらにいまや普遍的なものとして存在している。
 そして彼らが、一人の「犯罪者」と目される男と遭遇したとき、彼らの抱える苦悩は、彼らをどのような行動に走らせるのか。
 日常のレールを外れることの無いままに、恐怖はそこに立ち上がってくる。

 と、こう書いてしまうと犯罪実話めいた、暗鬱で硬質な作品をイメージしてしまいそうだが、この作者の作品に共通して文体は軽やかで、同時代性を備えた道具立てによる展開はスリリングであり、読後感も、少なくとも一見するところでは悪くない。
 ただし、私には本作の謎解きは、映画で言えばエンドロールで演じられているもののように感じられたのだが。
 
 『幽』怪談文学賞出身では、勝山海百合と並んで好きな作家だったので、また、この筆名を使う創作の世界への復活を、強く願いたい。★3つ。

2016年01月24日

さよなら、シリアルキラー

 ティーンが主人公である小説を読むことは、あまりない。
 中年の私には感情移入しにくく、また、読後の感想もいまひとつということが多かったからだ。しかし、本書はその久々の例外となった。
ジャズは高校三年生。町ではちょっとした有名人だ。ある日、指を切りとられた女性の死体が発見され、ジャズは連続殺人だと保安官に訴える。なぜジャズには確信があったのか──彼が連続殺人犯の息子で、父から殺人鬼としての英才教育を受けてきたからだ。親友を大切にし恋人を愛するジャズは、内なる怪物に苦悩しつつも、自ら犯人を捕らえようとする。全米で評判の青春ミステリ。

                        本書裏表紙 内容紹介より

 暗黒面に落ちた父親を否定し、その息子であるがゆえの優れた能力を駆使して自身の未来を拓く物語、と書いてしまえば、まあどこかで見たような気がするというか、一種古典的なものなのだが、それだけに個性と完成度を高めることは難しい。
 本作の場合、「シリアルキラーの父親」という設定はたしかにアイディアなのだが、それよりは主人公であるジャズのキャラクターの深い掘り下げによってそれに成功しているようだ。
 
 この主人公・ジャズは一般的な意味では好人物ではない。
 万人に愛される美貌による魅力を行使し、目的のためには他者を利用することをためらわない。そして、父親から授けられた対人交渉術は、とてものこと10代の少年のものではない。
 しかし、それでもなお、家庭を失った少年の孤独感は、常に物語に満ちている。
 世界へのかすかな信頼に支えられた倫理と、それを脅かす「血」の呪縛、そして、あまりに巨大な存在である父親の及ぼす支配力。それらの狭間を息をつめるようにして歩む17歳の心の描写は、年齢を越えて、読み手にもたらすものがあるようだ。
 
 そして、この若者の姿を伝えてくれる、本書の訳は良好である。
 ジャズと、彼の良心を深いところで信じているガールフレンドのコニー、そして親友のハウイー。作中の会話文で、それぞれの口調がいかにもらしく、あー、アメリカのティーンの女の子は、こういう言い方をしそうだな、というところが優れて同時代感を備えたものとなっている。もちろん、そういった少年少女のみではなく、信頼すべき保安官、エゴイスティックなメディア関係者、そして史上最悪のシリアルキラーである父親・ビリー、といずれの言葉もキャラクターの印象を深く記憶に刻むものとなっている。
 ちょっとこういうセリフの上手さは映画翻訳などでもあまり例をみないものなので、翻訳者の満園真木さんはそちらでの実績などはないのだろうか、と人となりを検索してみたところ、インタビューがみつかった。
 ここで語られた希望を果たされた、ということかと思うのだが、それは本書を手にする読者にとっても、幸運となっているように思う。
 
 三部作ということなのだが、一冊目しか読んでいない今から、すでに三冊しか読めないのか、と、それが残念に思われるシリーズだ。★3つ半。

2016年01月17日

れんげ野原のまんなかで

 日常の謎系、しかもかなりほっこりなのは表紙からも一目瞭然。
 
 舞台は地方都市の図書館。
 バブル期に計画された施設とあって、利用者もほとんどない閑古鳥の鳴く状況で、来館者を増やすため、本の魅力を伝えようと悪戦苦闘する司書たちが、遭遇する5編のミステリー。
 
第一話 霜降──花薄
第二話 冬至──銀杏黄葉
第三話 立春──雛支度
第四話 二月尽──名残の雪
第五話 清明──れんげ野原

 探偵役が秀でた推理の能力を備えた中年男性司書、ワトスン役は彼に魅かれる大学卒業後間もない若き女性司書、と、なんとなく美味しんぼスタイルの組み合わせながら、男性は既婚者であり、といって、ドロドロとした愛憎劇などに向かうことがないのは、これも予想通り。
 とはいえ、ストーリーの経糸となるヒロインの気持ちの成り行きは、それほど安直に扱われているわけではない。ひとつ間違えば「ほっこり」を台無しにする危険な感情なのだが、物語の中におけるリアリティや、人物のキャラクターがなんとも絶妙であるために、彼女が見つけ出す結論にも、読む者を納得させるものが備わっている。
 
 実は、これが本書のカラーだ。
 日常の謎系と言いつつも、結構に辛いストーリーもあり、中には殺人事件(といっても遠い過去の事件だが)さえも登場するものの、どこかしら柔らかなものに包まれている感触がある。ただ、それは安直な人情とかではなく、あたりまえの人たちがそれぞれの生を歩む上で身につけている、あたりまえな倫理や生真面目さのように思われる。
 日ごろ、死んだの殺したの、といった作品ばかりを選んではいるものの、私はこういうほのぼのとしたお話が嫌いではない。人情で強引にハッピーエンドに持ち込む種類の物語が肌に合わないというだけで、本書はそういった安易な優しさには距離をおいている。
 
 紫式部を主人公とした王朝ミステリで、鮎川哲也賞を受賞している作者らしい、5編のタイトルもそれぞれに趣深い。★2つ半。

2016年01月16日

獣の記憶

 西洋史の著名な謎のひとつ「ジェヴォーダンの野獣」事件を背景にして描かれたゴシックミステリ。

 「ゴシックミステリ」とあるものの、幻想味、あるいは謎解きオンリーというわけではなく、ストーリーの軸は博物学者を目指す学生・トマと、貴族のお姫様・イザベラの階級を越えたラブロマンスとなっている。

 もちろん、作中でこの著名な謎の解明をいい加減に片づけているということではなく、野獣を追う捜査には、18世紀の科学的知見による検討が加えられる件も多々、さらにサイコパスの登場や拘束された狂人への尋問など、現代的なサスペンスの定石をも押さえていると言えそうだ。また、登場する歴史上の有名人はいずれも魅力的で、主人公の師である精力的な博物学者・ビュフォンや、アンシャン・レジームの頂点に君臨するルイ15世、さらに、デュ・バリー夫人などは大活躍で、個人的にはヒロイン以上に精彩を放っているように感じられた。
 よって560ページを越えるボリュームながら、読み進めるに苦は無い。……のだが、正直、やはり主人公たちの恋の描写は、枯れかけの中年男である私には、少々甘くて胃もたれがした(苦笑)

 巻末の解説によれば、著者ニーナ・ブラジョーンはヤングアダルト向けのファンタジーなどで活躍してきた作家、ということだから、想定読者層は私よりもかなり若い層なのかも知れない。
 ということで、恋の話に乗れない中年男視点では★2つ。

2015年12月12日

人形遣い

 北欧系ミステリーに続き、近年出版の増えたドイツミステリー中の一冊。
 
 作者のライナー・レフラーは、本作によってデビューした50代の新人作家。
 遅咲きだけあって、と言えるのか、よくもわるくも安定感の高い危なげの無さを持った作品だ。猟奇的な殺人を繰り返すシリアルキラー「人形遣い」、対峙するはドイツ警察随一のプロファイラーながら、協調性を持たないが故に敵を作りやすい中年男の事件分析官・アーベルと、彼の指導を受けるエリート女性捜査官・クリスト。さらに、プロファイリングといった手法に反感を持つ巨漢のベテラン捜査官や、アーベルが協力をあおぐ、奇人の法医昆虫学者、といった登場人物のプロフィールを列記するだけでも、おお、王道、というところである。
 加えてストーリーの展開も、二人の捜査官の気持ちの動きや、ピンチに陥ってあわや、というくだりなど、こういう作品はこうでなくっちゃな、という読み手の期待を無駄に裏切ったりしない律儀さがあり、同じオッサンとして妙に納得するところである(笑)
 
 そういったある種生真面目なストーリーは安心して読むことができるのだが、ただし、もう少し意外性があっても、という読後感はあった。
 妙なヒネリや、定形外のキャラクターや、なぜこだわったのかわからないような記述があれば、読むときには退屈してしまうのだが、読み終えてみるとそれがその作家の「味」として記憶に残る。食べ物で言えば苦味のような、そこだけを食べようとは思わないが、無くなってしまうと妙に物足らない、そういう個性のことである。
 
 面白い作品である。
 ただ、そういう個性がぼやけている印象が残り、そこは次作に期待する、ということになるようだ。★1つ半。

2015年11月22日

白の迷路

 このBlogで、すでに紹介した「極夜」「凍氷」に続く、フィンランド産の警察小説、シリーズ第3作。

 前々作では田舎町の警察署長、前作では首都ヘルシンキの刑事だった主人公、カリ・ヴァーラは、今度はなんと国家警察長官直属の非合法特殊部隊を率いる、指揮官へと出世している。
 いや、しかし、フィンランドの警察と言うのは一体どういう組織なのか。
 北海道と同程度の人口しかない国であれば、もろもろが小所帯であるにしても、そういう人事異動はありなのか、主人公の適応能力は高すぎではないか。
 事実、第一作では「はぐれ刑事純情派」みたいだった主人公が、今作では「西部警察」に出演しそうな勢いである。なんなのだろうか。
 この変身に驚いているのは、私だけではない。解説の北上次郎まで、“全く信じられない”などとオープンに語ってしまっているのだ。

 しかるに、本作は笑いながら読むべき色物小説か、などと思うと大間違い。
 主人公たちは、「超法規的手段」により麻薬を摘発し、犯罪組織の殲滅を狙うのだが、その一方で、フィンランド国内での差別主義の台頭、政治の腐敗、深刻な経済的格差などに接する。往々にして、理想的国家として語られることの多いこの北欧の小国も、しかし、それ以外の多くの国々に共通する病に侵されているという苦い事実に直面し続ける。
 理想に基づいた当初の目的を見失いつつある主人公たちの姿は、第一作のややのどかな(そこでも移民問題は語られていたのだが)展開から遠く離れ、ノワールな色を濃くしている。そして、驚くべきはそういったスタイルで描かれた作品として、本作は成功しているのだ。
 
 なんなのだろう、とは再度いぶかしみを覚えることだ。
 作者は、どのような意図で、一人の主人公をここまで変身させたのか。しかし、個々の作品の完成度を考えれば、これが無計画なものであったとは思えない。
 しかし、その謎が解けるかどうかはわからない。作者のジェイムズ・トンプソンは、本作を発表後の2014年8月にまだ49歳にして急逝してしまっているからだ。(もっとも、米国では第4作が発表されているということなので、そこではこの先の主人公に再会することはできるのだが)
 
 わずか3作のみのシリーズながら、この大きな変化は、あまり他に例をみない。しかして、スタイルの異なる3作が、それぞれにジャンルのものとしての完成度を備えている、というのもまた、類例のないところだろう。まずは驚く。★2つ半。

2015年10月25日

強欲な羊

 作者の美輪和音は、大良美波子の名義で映画「着信アリ」シリーズの脚本を手がけているのだとか。なるほど、ミステリの装いを備えつつも、本書もまたそういった作者の嗜好を反映しているようだ。
 
 連作、全5編
「強欲な羊」
「背徳の羊」
「眠れぬ夜の羊」
「ストックホルムの羊」
「生贄の羊」

 以下、全編の簡単な感想。
 「強欲な羊」の舞台は明示されていないが、現在よりは数十年ほどは昔のことのようである。その時代らしさと些かの耽美趣味への傾斜を漂わせる文体は味があるが、巻頭作としてはやや硬め。しかし、少々とりつきにくく思いつつも読み進めてみれば、「真相」にたどり着くまでに設けられた迷路は中々に巧妙にして血なまぐさい。
 
 「背徳の羊」の舞台は一転して現代、そしていかにも現代風の不倫を題材としたストーリー。
 こちらも登場人物がそれぞれに怪しく、最後まで真相を見通すことは難しい。脇役でちょいと顔を見せる女医が、奇妙にキャラ立ちして魅力的なのは、あるいは他の作品でも登場しているとかだろうか。
 
 「眠れぬ夜の羊」は、本書中、「生贄の羊」についでホラーの色が濃い。
 ミスディレクションを誘う周到な伏線に、私などは簡単にだまされてしまうわけなのだが、個人的に感興を覚えたのは、むしろモダンホラー的戦慄を呼び込む展開だった。
 
 「ストックホルムの羊」は、そのタイトルも意味深。
 危うげな女性、数人のモノローグで語られる「王子と召使たち」の生活。
 5編中では、もっとも異色というべきだろうが、これもまたミステリーというよりも、特殊なホラーに分類した方が、という作品。
 
 「生贄の羊」は、これはもう完全にホラー。
 ソリッドシチュエーション、都市伝説、そういった要素を取り込んで、しかもラストにふさわしく、ここまでの諸編の別の顔を垣間見させてくれるような、作者の「奸計」に満ちた一作。
 
 と、ここまで書いてきたように、やはりミステリ好きの人よりも、ホラー好きの人向けかな、という一冊。★2つ半。