2016年08月04日

山背郷

 仙台在住の直木賞作家・熊谷達也による東北を舞台とした短編集。

全9編
「潜りさま」
「旅マタギ」
「メリイ」
「モウレン船」
「御犬殿」
「オカミン」
「ひらた船(ひらたの字は舟に帶)」
「皆白」
「川崎船」

 いずれも、東北の風土と厳しい生活環境の中で、人と自然とのかかわりを飾り気の無い骨太な文章で描写した作品。
 そこで描かれる自然は、近年の安直なエコロジー賛美、地に足の着かない懐古趣味によって語られるものとは大きく異なり、人間に牙をむき、情け容赦なく生命を踏み潰す巨大な暴力としての横顔を直叙されている。そして、そこに生存の場を拓いてきた人々が、その暴君である「自然」との間に築き上げた共生関係が、重みのある物語の背景となっているようだ。

 特に印象に残ったものは以下の3編。
 洞爺丸の転覆という日本海難史上屈指の大災害をとりあげて、挫折の中から自身の道を取り戻す男の姿が描かれた「潜りさま」。
 「メリイ」は懐かしい少年の日のスケッチに、いくらかの哀感をそえられたジュブナイルの雰囲気のある短編。
 個人的なベストの「川崎船」は、漁場を獲得するために競い合う、海に生きる若者達の姿を描いた一種の青春物。良質のスポーツ小説のような爽やかな読後感で、私のようなインドア偏向人間にも楽しめた。

 雄渾な情感に満ちた作品集★2つ半。
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2015年09月27日

いのちのパレード

 「どの作品を読んでも同じ」というタイプの作家がいる。
 だからといって必ずしもつまらない、というわけではなく、愛読者はむしろその大いなるマンネリの安定した世界に心地よくひたることができるわけで、実際私にとっても、そういった存在の作家というのは何人かいる。
 
 さて、そういった作家と比較すると、恩田陸は危険だ。
 作風を理解するキイワードとして「ノスタルジー」とは言われるものの、作品そのもののジャンルは、極めて広いカテゴリーにまたがっている。ファンタジー、ホラー、SF、ミステリー、サスペンス、どんな世界が展開されるか、は実際にページをめくってみるまでまるでわからないのだ。
 本書はそんな恩田陸のスタイルが、私にとって楽しめるかたちとなった一冊だった。極めて多彩なイマジネーションの世界を詰め込んだ幻想小説集。
 
全15編
「観光旅行」
「スペインの苔」
「蝶遣いと春、そして夏」
「橋」
「蛇と虹」
「夕飯は七時」
「隙間」
「当籤者」
「かたつむり注意報」
「あなたの善良なる教え子より」
「エンドマークまでご一緒に」
「走り続けよ、ひとすじの煙となるまで」
「SUGOROKU」
「いのちのパレード」
「夜想曲」
 
 作者によるあとがきでは、早川書房の異色作家短編集に強い影響を受けた、とのことで作品の大半は無国籍、あるいは異世界風。日本を舞台にしたものと思われる作品も、やはり現実に一枚の紗がかけられたような奇妙な距離感はある。
 作品ごとのカラーは、ユーモラスなものから肌に粟の立つものまで、相当に違いはあるが、その切れ味のよさに優劣はない。特に印象に残ったのは、宇野亜喜良のイラストを彷彿とさせられた「蛇と虹」、「かたつむり注意報」の香気のようなものを感じさせる静謐の描写、そして「走り続けよ、ひとすじの煙となるまで」のある種、古伝承のような物語の力強さだ。
 
 これは極めて出来のいい「大人のための童話集」なのだと思う★3つ半。
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2015年09月25日

日本怪魚伝

 「フィールドアンドストリーム」なる今は亡きアウトドア系雑誌に連載されていた、魚と人との交流を描いた全12編のエピソード。
 
 怪魚といっても、人を呑むとか、そういう化け物の話ではない。
 ここに登場するのは、イトウやレイクトラウトなど、実在の魚に限られている。
 ただし、それらは絶滅を危惧される種であったり、現在では容易にみつけることのできない巨大な個体についてのエピソードであるため、往々にしてリアリズムの世界からほんの少し外れて、幻想世界の入り口への案内役を果たすこととなっている。
 
「四万十川の伝説 アカメ」
「縄文の壺 ビワコオオナマズ」
「蜃気楼 リュウグウノツカイ」
「河は眠らない ニッコウイワナ」
「大鳥池 タキタロウ」
「再会 アオウオ」
「最後の銃声 オオウナギ」
「捕食者 クエ」
「ランカー オオクチバス」
「遺言 レイクトラウト」
「継嗣の鐘 コイ」
「鬼を彫る男 イトウ」
 
 一冊にまとめられてはいるものの、「アカメ」「ニッコウイワナ」「オオクチバス」などはノンフィクションであり、またフィクションについても、時代小説あり、幻想譚あり、そして王道とも言うべき、失われ行く自然との交歓を描いたものもありで、かなり多彩な内容となっている。正直なところ、これらの魚類に関心を持つ人でなければ、いまひとつ乗り切れない作品もあるのだが、それでも巨大魚というモチーフの魅力は、万人に通用するものと思う。
 個人的なベストは、早世した父親の残した、用途不明の巨大なルアーを相続した青年が、そのルアーを使うべき魚を追いもとめる「遺言 レイクトラウト」。
 
 昔、『釣りキチ三平』を読んでいた人ならば、懐かしい名前の魚も登場。★1つ半。
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2015年03月21日

侠飯(おとこめし)

 近年、コメディタッチの作品も増えてきた福澤徹三による、これもそのラインである“任侠グルメ小説”
 ヤクザの抗争に巻き込まれ、異常なまでの手料理へのこだわりと技術を持つ中年ヤクザと、アパートの自室で同居することとなった、Fランク大学生の主人公。その、怖くて辛くて美味しい日々……という、異なる世界に生きていたはずの人間同士による、混乱の共同生活を描いたストーリー。
 
 こういったコメディタッチの作品の場合、まずキャラクターの個性がなくてはどうにもならないわけだが、現代的なリアリティを備えたヤクザ・柳刃のディティールは、この作者ならば今更のことながら、大学に籍を置きながらも向学心などはかけらも持ち合わせない主人公・若水良太と、それを取り巻くオタク、リア充、腐女子などの学生たちの姿が、なかなかに今時らしくなっている。
 4人の若者は、それぞれに個性を持って「ダメ」な存在として描かれている。
 しかし、作者は安易な若者批判をつづっているわけではない。といって、妙な理解者ヅラで彼らに迎合するわけでもない。そんな真似はできない中高年が、しかし、下の世代に自然に向ける気持ちに沿う、ある種の思慮があるように思う。まあそれが暑苦しいとか、うっとうしいとか、当の若者には言われてしまうこともあろうが、なに、そんな若者たちも、自分が中年になってみれば、必ずこの本の味を理解してしまうはずなのだ(笑)
 
 
 
 ところで、本書の帯で文春文庫は昨年で40周年を迎えていることを知った。
 物心ついたときから存在したような気がしていたのだが、まさか自分よりも“年下”だとは思わなかった。ということで、40歳の文庫からのエントリーは、やはり同世代の中年の皆さんにお奨め。★2つ半。
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2014年11月09日

ジューン・ブラッド

 怪談からスタートして、サスペンス、ユーモアと執筆領域を広げつつある福澤徹三による、これはバイオレンスアクション。

 主人公は、幹部の命令で対立組織の組長を狙ったヒットマン。しかし、日本の娯楽作品に登場するそういった種類の人物にありそうな、やさぐれたチンピラではなく、銃器や格闘術としてのケンカ、警察の科学捜査の知識などを備え、訓練された戦闘マシーンの横顔を持っている。軍人や諜報機関の人間には及ばないまでも、十分に専門家らしいのである。
 その主人公が、いきがかりで逃避行に同行させるデリヘル嬢と引きこもりの高校生は、このごつごつとしたストーリーに現代風な柔らかさを添え、他方、主人公を追う地下社会の住人たちは、作者の実話会談に通じる陰惨さを、リアリティとして備えている。
 しかし、キャラ立ちということでは、主人公を追う殺し屋・八神に勝るものはない。
 「殺人機械」としか呼びようのない人物であり、この男が動き始めることでストーリーは国産アクション小説の窮屈な枠組みから加速して離脱し、読み手としてもそのままエンディングまで一気呵成に連れていかれてしまう。このノンストップ感は、ジャンルを越えて作者の小説に共通するところだが、本作のそれはことに速度に勝れている。

 ちなみに、本作では服や拳銃、車などのブランド名が細かく記され、キャラクターを鮮明にする小道具として活かされているが、この手法からまず思い出されるのは、ほかならぬ大藪春彦の諸作品である。作者はその名を冠した賞の受賞者でもあれば、ジャンルにおいてはいまや一般的なこういった手法もまた、手慣れたものと見えた。

 ジャンルを問わずハズレが実に少ない。安定の福澤ブランド。★2つ半。
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2014年11月01日

或るろくでなしの死

 平山夢明による、「死」にまつわる全7編の短編集。
 
「或るはぐれ者の死」
「或る嫌われ者の死」
「或るごくつぶしの死」
「或る愛情の死」
「或るろくでなしの死」
「或る英雄の死」
「或るからっぽの死」

 鬼畜な作風と呼んで差し支えないと思うのだが、今時、そういった看板を掲げた作家は珍しくはない。それでもこの作者が、ジャンルのトップランナーであり続けているのは、まず登場人物のディティール描写の圧倒的な緻密さによるものではないか。
 
 例えば表題作に登場する下衆なパン職人が、少女に語る“人生訓”だ。
 げんなりするほど安っぽい向上心と、偽善よりも尚、醜悪なポジティブシンキングの鼓吹。サラリーマン向け成功本にありそうな、チープな言葉のつぎはぎが、何とも“それ”らしい。
 同様に厚顔ながら、少々異なったタイプの自己肯定思考の持ち主は、「或るごくつぶしの死」にも大学生として登場する。バランスを全く欠きながら、社会生活をおくるための自己保身的な判断力ばかりは正常に維持し、メディアに吹きこまれた薄っぺらな「思いやり」を、都合よく解釈する思考スタイルが、しかし、何故か既視感さえ覚えさせられるほどに嫌な現実味を持っている。
 そして、これら登場人物の生きる汚泥の溜まりのような世界に、尚も溶け落ちないものが置かれている。それをなんと呼ぶべきか、「人間性」とか「優しさ」では軽薄に過ぎ、何より気持ち悪い。作品に触れることでしか伝わらないものだろう。
 
 残酷と詩情、平山作品の要素を十分に備えた短編ばかり。★3つ。
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2014年08月10日

桃夭記

 井上祐美子による、中国を舞台とした歴史奇譚小説集。
 
 全四編
『桃夭記』
『嘯風録』
『迷宮譚』
『墨匠伝』

 『長安異神伝』などに代表される著者の長編は、若者向けのファンタジーの要素を備えた娯楽作品寄りのものが多いが、これが本書収録のような、中・短編となると、同じく幻想的な存在を扱っていても東洋のものである「奇譚」という言葉の方がしっくりとくる、静閑な雰囲気を備えた物語になるようだ。
 
 『桃夭記』は、幼少期に両親を失って、その将来に期待を持つことを諦めてしまった青年が、不思議な力を持つ男と過ごす一夜の奇妙な冒険の物語。登場する付喪神風な怪異が、いかにも東アジアなモチーフ。
 
 『嘯風録』は人獣変異譚、しかもそれが虎であるといえば、中国の志怪物の王道だ。
 人よりもよほど高潔な存在とも見える虎が、人の世界に深い諦観を抱かざるをえなかったのはどのような理由によるものだったのか。懐旧譚風に語られる、虎と少年皇帝の悲哀を感じさせられる交流の物語。
 
 『迷宮譚』は、本書の中でももっとも幻想的な色合いが強い。
 前世紀初頭、杭州郊外の邸宅を購入するために訪れた日本人貿易商が、その屋敷で迷い込んでしまう、仄暗い夜の世界の物語。
 
 『墨匠伝』は、卓越した手腕を持ちながら、圭角のある性格ゆえに人に疎まれ続ける墨匠と、調子よく世渡りをこなして師を越えようとするその弟子、そして両者を静かに見つめる一人の娘の物語。本書収録作品中では、唯一超自然的な要素を持たず、物語の展開に伴って大きく動いていく人々の心と、その中で後景のようにしてあった人物が、やがて何時の間にかくっきりと浮かび上がってくる、ページ数以上の奥行きを感じさせてくれる歴史小説。
 
 遠い時間の彼方を静かに振り返る描写の多いこれらの物語からは、このジャンルで業績のある陳舜臣の短編を連想してしまうが、作者の女流作家らしい文体からは、先行者ともまた異なる、柔らかな読後感が残る。
 
 幻想的な装いは、『迷宮譚』以外では単に趣向的なものとみてもいいのかも知れない。佳作揃いの短編集。★2つ半。
posted by Sou at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書:その他の小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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