2016年04月17日

砂漠の薔薇

 奇妙な作品だ。
 ミステリーとは言いつつも、事件とその謎は物語の中において、酷く存在感が希薄なのだ。
 主人公の女子高生・美奈は、犠牲者となった少女・真利子の友人であり、美奈とその協力者である変人の画家・明石尚子は、ともに犯人と思しき人物を追うものの、その“探偵活動”には、なぜか日常生活の片手間感が漂っているのだ。
 ミステリーの登場人物にもあるまじき無気力とも言えるだろう。
 しかし、世界との間に、整えられた言葉で距離をおき、感情をコントロールすることに長けた少女・美奈と、ときにペダンティックな警句を口にする風変わりな中年女性・尚子というコンビにおいては、そのスタイルが、むしろ自然であるように感じられてしまうのである。そして、本筋とは無関係に見える彼女たちの、齟齬とも緊張ともつかないものをはらむ会話と、美奈の、しかし、およそ彼女には似つかわしくもない陋劣な学校生活の風景は、意外にも乖離することないのだ。
 
……と、ここまで書いたところで私は続きの感想を諦めた。
 
 言葉の間に、謎を丹念に紡ぎ込むようにして仕上げられたこの作品は、うかつな説明などをしてしまえば、読む際にその仕掛けのいくつかを損なってしまうことになりそうなのである。事実、ネットで本書の名前を検索してみても、私よりもはるかに知見、識見の高い方々でも、やや曖昧な感想に終始しているようなのだ。
 読むことによって、作者の意図するところにまんまと絡めとられてしまうことを楽しむ、そういう体験読書のための作品なのだと思う。
 
 ひとつだけ付け加えておくなら、本作は謎解きを第一義とする作品ではないように思われる。理由は……これも書けない(笑) が、その意味において、ミステリーとしての評価には、疑問符がつく。
 しかし、本書のラストには、失望はなかった。
 この緻密を究めた物語の中心に置かれた破綻は、輝きを備えている。これはおそらく、私や作者同様、昭和の少女マンガを記憶する世代が、その時代に形成した感性の一部に触れるものを意識させられるからではないか。そして、この表紙を一見して受けるイメージとは、これは相当に異なるものでもある。※
 
 ラストの受け止め方次第で、評価が大きく別れそうな作品だ。★3つ半。

※正直、この表紙の選択は、作者の作風を知る人間以外の、潜在的な読者を大幅に逃してしまっているような気がしなくもない。もっとも、あとがきにおいて、作者の表紙イラストへの思いなどを読むと、アートというものを理解できない私は、なんとなく納得してしまったりもするのだが。

2016年04月16日

トマソンの罠

 とり・みきによる、トワイライトな短編集。
 
全8編
「トマソンの罠」
「エリート」
「鰐」
「渋谷の螺子」
「コインランドリー」
「雪の宿」
「帰郷」
「石の声」
 
 日々の生活の中で、かすかに聞こえてくるノイズのような「違和感」の存在。ふと気にかかり始めたそれを追っていくと、いつのまにか見慣れた景色が黄昏の中に消えて、突然に底の見えない谷間が眼前に開く。
 
 凡庸な説明だが、表題作をはじめとして、ここに収められている作品のいくつかは、そんな印象を私に与えてくれた。
 「エリート」や「雪の宿」など、民俗学的な主題を扱ったものもあり、プロットはむしろ幻想譚の領域に立っていそうでもあるのだが、作者の視線が捕らえた、現代の街の景観、社会の風俗が、充分に紙上に再現されているために、私たちの世界に尚、しっかりと片足を残して、一種都市伝説的な怪談の興趣をもたらしている。もっとも、時代をきっちりと切り取りすぎたがために、女性のファッションなどを観ると、どうにも中途半端な懐古気分に満たされてしまう側面があるのは、これは止むを得ないことだろうが。
 コミカルな「鰐」「渋谷の螺子」は、例外的に気の休まる作品、また、巻末の「石の声」は、作者の代表的長編伝奇漫画「石神伝説」の序章的短編。そのオープニングは、モノクロの漫画という特色を充分に生かして、60年代の円谷作品をほとんどの同世代に想起させてくれそうだ。
 
 活字の作品を読み終えたような、そんな読後感が残るのも独特である★2つ半。

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2016年04月10日

血引きの岩

 星野之宣が、ホラー誌をメインに発表した連作4編と短編2編。

「血引きの岩」
「黄泉の渦」
「日狭女」
「血反玉」

「マレビトの仮面」
「土の女」

 黄泉のモノの現世への来寇、というのは神話から引き継ぐ恐怖の古典モチーフだが、本作もイザナミ神話をベースにした、その星野バージョン。
 
 さて、星野之宣といえば、まず画力の高さだ。それは、たとえば本書の表紙でも歴然である。
 巨石の向こうからのぞく手──大胆に過ぎる構図であり、これで一枚画として押すことのできる画力の持ち主が、現在の漫画界にどれだけいるだろうか?。並みの漫画家では、描くことのできない表紙なのである。
 しかし、この画力は反面、高いリアリティを描写の対象に与えてしまうため、怪異や邪悪なものに実体的な質量を備えさせてしまい、超自然的の存在と感じさせない恨みがある。加えて、伝奇物に必須の強引な神話・歴史解釈などは、そのつくりものらしさが目立ってしまうのも辛いところだ。
 
 とはいえ、この傑出した画力によって描かれる世界が緊張感を伴わないはずはなく、展開のスピーディであることと相まって、ホラーというよりはモンスターパニックものに近い味ながら、いかにも星野らしいカタストロフの世界は現出している。近作では、相当に白っぽい画も見られるものの、本作では描きこみも相応にあり、伝奇的な小道具の使い方と、ジャンルの演出として意欲的なショックシーンの見せ方もある。
 
 宗像教授のシリーズよりは、作品世界の中でアイディアに一貫性があり、連作としてのまとまりは良いように思う。しかし、やはりこの人のホームは、宇宙か海洋ものかな、と思うのも事実なのだが。★2つ。
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2016年03月20日

笑う赤おに

 本作は、雀野日名子名義による最新の小説だ。そして現在、作者は別名義を使用した執筆活動に移っているらしい。
 その理由については、作者のBlogに記されているのだが、そういった気持ちの変化も、たしかに感じさせてくれるような社会への視点を備えたストーリーである。
 
 大雑把に説明すれば、地方都市を舞台にしたミステリー……というよりはサスペンス?いやいや、ホラーに分類してもよさそうに思うが、「娯楽小説」として扱うことには、ややひっかかりを覚えなくも無い。
 
 登場するのは、将来の見えない非正規労働者の若者と、経済的には安定しながらも陰湿な感情に満ちた主婦の世界に苦しむ30代の女性、そして家庭内の不和に悩む中年男。
 どこにでもいそうな人々であり、また、それぞれが抱える苦悩も、ことさらにデフォルメされた悲惨ではないのだが、なんとも息苦しく、希望が見えない。
 彼らが抱える諸問題は、単なる「舞台装置」などではなく、日本のあちらこちらにいまや普遍的なものとして存在している。
 そして彼らが、一人の「犯罪者」と目される男と遭遇したとき、彼らの抱える苦悩は、彼らをどのような行動に走らせるのか。
 日常のレールを外れることの無いままに、恐怖はそこに立ち上がってくる。

 と、こう書いてしまうと犯罪実話めいた、暗鬱で硬質な作品をイメージしてしまいそうだが、この作者の作品に共通して文体は軽やかで、同時代性を備えた道具立てによる展開はスリリングであり、読後感も、少なくとも一見するところでは悪くない。
 ただし、私には本作の謎解きは、映画で言えばエンドロールで演じられているもののように感じられたのだが。
 
 『幽』怪談文学賞出身では、勝山海百合と並んで好きな作家だったので、また、この筆名を使う創作の世界への復活を、強く願いたい。★3つ。

2016年03月06日

賤ヶ岳

 信長の後継者争いというのは、本来ならば戦国末期の一大イベントであったはずなのだが、どうもフィクションの世界で取り上げられることが少ない。これは、一方の陣営である柴田勝家側の武将がいまひとつ知名度が乏しい、ことに、知略を用いる軍師タイプの武将の不在が大きいように思う。
 なにしろ、秀吉側は、秀吉自身が織田家中随一と言って良い智謀の持ち主であることに加え、軍師の黒田官兵衛も加わっているわけで、これは猛将ぞろいの体育会系めいた柴田勢には、どうも勝ち目がありそうにないのである。
 
 そこで、ということなのか、本書では柴田勝家の側近・毛受勝照を軍師役としてスポットを当て、複雑な政治的取引に疎く、秀吉の策略に追い込まれていく主君・勝家を、懸命に補佐する忠節の智将として登場させている。
 史実の勝照がそういった立場にあったのかはよくわからないのだが、こういったキャラクターの登場によって、新興企業に追われる斜陽の老舗めいた柴田勢の悲哀が、いっそうくっきりとしたものとなっている。
 
 大戦力を率いながら優柔不断な信長の息子たちや、軍略の才を持ちながら、それを振るう機会を得ることができない滝川一益、秀吉との個人的な友誼と自身の将来、そして勝家の恩義の間に挟まれて苦悩する前田利家など、その時代に生き残ろうとするそれぞれの武将の判断も、賢愚のみに分かつことの出来ない群像として描かれている。
 
 骨太の文体と筋立て。正統派の戦国歴史小説。★2つ。
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2016年03月01日

ネットストアHONのプログラム終了

このBlogでは、ネット書店である【丸善&ジュンク堂書店】ネットストアHONなるプログラムを用いていたのだが、なんとこれが、先月末日をもって終了してしまった。
いかにアフィリエイト目的のBlogではないとは言え、これではさすがによろしくない。
一応、現在、紀伊国屋書店のプログラムにも参加しているので、そちらへ付け替えようかとも思案中なのだが、随分な手間となりそうで、げんなりとしている。

また、新刊書店では取り扱いのないものについても、語ってみたいものは多く、さてはて、頭の痛いことである。

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2016年02月21日

憑きびと

 怪談実話系の新刊かと一瞬見まがえてしまったが、これは徳間文庫刊の純粋な創作ホラー小説のアンソロジー。
 
 全7編
「いっしょだから」    川崎草志
「お正月奇談」      朱川湊人
「クライクライ」     真藤順丈
「夜の訪問者」      田辺青蛙
「ひらひらくるくる」   沼田まほかる
「D-0」         平山夢明
「にんげんじゃないもん」 両角長彦

「いっしょだから」
 結構キャリアのある作家さんだが、私は未読であったため作風がよくわからない。
 そのため、やや唐突に感じられたラストについて、どこかに伏線があるのでは、と探してしまった。結局判然とせず、いや、それが味なのかな、と思案中。
 主人公が幼い子どもを持つ母親というところも、私には理解が届きにくかった理由かもしれない。日常からそのままに連続する世界の、静かな闇の色の深さを見る心地は、肌に粟を立てるものがあるのだが。★2つ。
 
「お正月奇談」
 ほのぼの系のストーリー。子ども向けにリライトして、絵本にしてみても好作品になるのではないだろうか。
 小説としては抜群に巧いものの、本来、私が好むタイプの作品ではない。しかし、作中に登場する昭和の正月風景描写が、作者と同世代である私の懐古趣味を直撃してしまったので、ここは★2つ。
 
「クライクライ」
 グルーブ感を備えた独特の文体、若い女性の一人称で描かれる「全てを怖がる少年」の物語。
 ストーリー先行ではなく、といってキャラクターのはじけ方を楽しむでもなく、双方が渾然と融合したこの作者ならではの作品世界で、その魅力を言葉で表現するのは難しい。どこをどうしても明るい話ではないのだが、なぜか読後感は悪くない。★3つ。
 
「夜の訪問者」
 夜毎に訪ねてくる生首、といえばまあ普通に怪談、ハーンのろくろ首あたりを連想してしまうところだが、この作者の筆名ゆえか、どことはなしにかすかな温かみの中に、やや幻想的な色合いの加わったストーリーである。
 巧妙な伏線が活きるラストの着地点は寸分の狂いも無い。本アンソロジー中、もっとも怪談らしい怪談だった。★2つ半。
 
「ひらひらくるくる」
 微妙にネジのゆるんだ人物を書くときの、この作者の描写力はすごい。
 ただ、その怖さがキリキリと心に迫るものにならないのは、私の鈍磨した感受性の限界だろう。多分、優れた読み手ならば本作を、本書中の随一と推しそうな気がするのだが、凡庸な私の感性は、あともう一押しを欲してしまうのだ。
 こういう作品は、10年ほど経てから再読してみると、様々な気づきはありそうなのだが。★2つ。
 
「D-0」
 絶望の淵に立つ少年、無国籍風の街、そして地下社会の男たち。
 久々に真っ向からの平山節である。
 まず、主人公の両親のキャラクターが、平山ならではの念の入ったクズである。一方、主人公を教育し、未来への可能性を与えるのは、「組織」の「コック」だ。
 主人公が成長していく過程において、料理の「意味」を学び、そこにさしはさまれる平山流の奇妙に重厚な食へのペダンティズムが、汚泥の中に沈む少年に、異なる世界をかいま見せ、自身の足で立つための力をもたらす。
 様々なジャンルに創作領域を持つ作者だが、殺伐とした世界にかすかに漂うこの詩情を感じさせてもらえるのは、やはりこのノワールな分野よりないのではないか。
 ここ数年間の平山短編作品中のベスト。★3つ半。
 
「にんげんじゃないもん」
 こちらの作家さんも初めてだ。
 山本弘やゆうきまさみの作品が好きな、40代以上のSFファンにはしっくりときそうな、ホラーというよりはライトな伝奇SFである。このラインは、私好みであるのだが、なにしろ、平山作品の重量感にやられた後では、どうしても頭の切り替えができなかった。これは編集順序の問題で、作品としては良好なものとは思うのだが。★2つ。
 
 ということで、好みの問題はあれど平均以下の作品は無いが、真藤、田辺、そして平山の三作品は特筆すべき収穫。一冊の評価は★2つ半。
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2016年02月06日

ウェスタン忍風帳

 菊地秀行による、忍者 VS ガンマン、という贅沢と言うか無茶と言うか、まあ、これぞエンターティメントの怪快作。
 
 語り手は、かの怪拳銃、コルト・バントラインスペシャルで知られた作家のネッド・バントライン。※1
 小説の題材になりそうな人物を求め、西部を訪れたネタ切れ寸前の作家・バントラインが、「シノビ」と名乗る超人的な身体能力を持つ日本人と知り合い、行をともにすることで遭遇する波乱万丈の冒険譚。
 登場する忍者たちは当然ながら全て架空の存在だが、ガンマンたちはドク・ホリディやジェームズ兄弟をはじめ、実在の人物たちが印象的な姿を見せる。しかし、こういった有名人を登場させ、舞台となる西部の町と社会もきちんと考証がなされているものの、それでありながらストーリーがすこしもリアリティに拘束されていないのは、さすが菊地秀行というしかない。
 なかんずく忍者の用いる戦闘技術である「忍法」は、当然、全てその原理の説明は省略され、ただ「できるからできる」式の豪快さで、西部の乾いた風に伝奇の暗雲をはらませて物語を颶風へと暴走させていくのである。さらに語り口は講談調とでも言うべき、メタな視点をはさむバントラインの名調子であり、いや、これもさすが菊地秀行。
 
 以前、「真田十忍抄」でも書いたことだが、この作家の作品はジャンルが何であるのかということはあまり関係なく、ひたすら菊地スタイルの娯楽小説として完成されている。したがって、そのストーリーや、何が面白いのかなどということをクダクダしく説明することの意味は希薄だ。
 菊地秀行だ!
 今度は西部劇だ!!
 この二言に集約された世界が、この一冊の中には広がっているということだ。★2つ。

※1 本作で知ったが、あのバントラインスペシャルというのは実在が疑わしいらしい。

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2016年01月31日

リターン

 本邦におけるストーカー系サイコスリラーの初期傑作「リカ」。本作はその、なんと10年ぶりの続編にあたる。
 
 前作の「リカ」は、ホラーサスペンス賞も受賞し、ドラマ化もされた成功作なのだが、他ジャンルへも創作領域を広げていた作者の筆は、中々に戻ってくる機会をみつけられなかったようだ。
 がしかし、10年を経て作者はいっそうパワーアップしたサイコパス、リカをつれて戻ってきた。
 
 なにしろ、このリカという女性は、ジェイソンに匹敵しそうなタフネスに加え、科学捜査技術を知悉して警察の裏をかき、海外のサーバーを踏み台に出会い系掲示板に跳梁するスキルをも持ち合わせているのだ。潜伏期を経て復活した彼女の凄まじさ……一体、少々有能な程度で、普通の刑事の手に負えるものなのだろうか、とは、率直なところの感想である。
 そのため、と言っていいのか、主人公たちの活躍は「捜査」と言うよりもむしろ、都市というフィールドを舞台とした、特異な「猛獣狩り」といった様相をみせてもいるのだ。
 
 このリカの怪物性が物語を動かして行き、ストーリー自体は前作に比較してもややシンプルになっている。したがって、リーダビリティも驚くほどに良く、300ページを越える1冊を私は1時間余で読了してしまったが、特に改行や会話を多用するものでもないのに、これは珍しい経験だった。
 
 ノンストップのスリラー。前作ほどのインパクトはないけれど。★1つ半。
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2016年01月24日

さよなら、シリアルキラー

 ティーンが主人公である小説を読むことは、あまりない。
 中年の私には感情移入しにくく、また、読後の感想もいまひとつということが多かったからだ。しかし、本書はその久々の例外となった。
ジャズは高校三年生。町ではちょっとした有名人だ。ある日、指を切りとられた女性の死体が発見され、ジャズは連続殺人だと保安官に訴える。なぜジャズには確信があったのか──彼が連続殺人犯の息子で、父から殺人鬼としての英才教育を受けてきたからだ。親友を大切にし恋人を愛するジャズは、内なる怪物に苦悩しつつも、自ら犯人を捕らえようとする。全米で評判の青春ミステリ。

                        本書裏表紙 内容紹介より

 暗黒面に落ちた父親を否定し、その息子であるがゆえの優れた能力を駆使して自身の未来を拓く物語、と書いてしまえば、まあどこかで見たような気がするというか、一種古典的なものなのだが、それだけに個性と完成度を高めることは難しい。
 本作の場合、「シリアルキラーの父親」という設定はたしかにアイディアなのだが、それよりは主人公であるジャズのキャラクターの深い掘り下げによってそれに成功しているようだ。
 
 この主人公・ジャズは一般的な意味では好人物ではない。
 万人に愛される美貌による魅力を行使し、目的のためには他者を利用することをためらわない。そして、父親から授けられた対人交渉術は、とてものこと10代の少年のものではない。
 しかし、それでもなお、家庭を失った少年の孤独感は、常に物語に満ちている。
 世界へのかすかな信頼に支えられた倫理と、それを脅かす「血」の呪縛、そして、あまりに巨大な存在である父親の及ぼす支配力。それらの狭間を息をつめるようにして歩む17歳の心の描写は、年齢を越えて、読み手にもたらすものがあるようだ。
 
 そして、この若者の姿を伝えてくれる、本書の訳は良好である。
 ジャズと、彼の良心を深いところで信じているガールフレンドのコニー、そして親友のハウイー。作中の会話文で、それぞれの口調がいかにもらしく、あー、アメリカのティーンの女の子は、こういう言い方をしそうだな、というところが優れて同時代感を備えたものとなっている。もちろん、そういった少年少女のみではなく、信頼すべき保安官、エゴイスティックなメディア関係者、そして史上最悪のシリアルキラーである父親・ビリー、といずれの言葉もキャラクターの印象を深く記憶に刻むものとなっている。
 ちょっとこういうセリフの上手さは映画翻訳などでもあまり例をみないものなので、翻訳者の満園真木さんはそちらでの実績などはないのだろうか、と人となりを検索してみたところ、インタビューがみつかった。
 ここで語られた希望を果たされた、ということかと思うのだが、それは本書を手にする読者にとっても、幸運となっているように思う。
 
 三部作ということなのだが、一冊目しか読んでいない今から、すでに三冊しか読めないのか、と、それが残念に思われるシリーズだ。★3つ半。

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